中森明菜 応援メッセージ掲示板

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夜明け前が一番暗い、明けない夜はない - 東 恭彦Mail (男性)

2022/10/21 (Fri) 08:18:21

▼前口上
明菜からは…
Twitter開設&新たな個人事務所「HZ VILLAGE」の設立に向けて
御手紙の通知があり
なお その御手紙には 
アルバムFIXER収録曲・「Re-birth」の文字が
明菜本人手書きサインとして観ることも出来て嬉しい限りです。
この機会を祈念して
以下に
アルバムFIXER全体のレビューと
「Reーbirth」のレビューとを述べることにします。

【私が捉えたアルバムFIXER全体の感動の正体】~アルバムFIXER全体のレビュー ~
アルバムFIXER全体は、何回聴いても、新たな感動がある。
聴く側の心境の変化によっても、感動の形が変化する。
素晴らしい作品は、それがどんな分野の作品であろうと、このような体験をする。

私の感覚で捉えた範囲で、アルバムFIXER全体の感動の正体を述べたいと思う。
どの曲も、余計な力みがなく、無理して苦しそうに声を出すこともなく、
しかしながら、味気なく淡々と歌っている訳ではない。
どの曲を歌う時も、曲の歌詞の一節ごとに、その一節が訴える内容によって、
歌唱法や声質や強弱や情感を変えて、歌うのである。
例えば、女優が、時には観客に語り掛けるように、
時には空を見上げて呟くように、
情感を込めてセリフを云う様に、歌い上げる。
そう言えば、明菜さんは女優の才能もあった。
この才能が発揮された形である。
それ故に、どの曲でも、その一曲の中に、
多様で変化に富んだ味わいがあり、飽きることがない。
多様で変化に富んだ表現があるからこそ、
何回聴いても新たな感動があるし、
聴く側の心境の変化によっても、感動の形が変化する。

上記のような感動体験をしたので、
明菜さんは『自分の想いを歌で表現出来る喜び』を確実に獲得したと思った訳である。
その様に思った『もう一つの理由』は、アルバムFIXER全体において、
生身の明菜さんが、〔この「今まで生きてきた過程の一コマ」を出発点にして、
『影を纏うこれまでの私に さよなら 彷徨い迷っても 導かれてく 世界で 光と出逢える』と、
自分自身に向かって歌い掛け語り掛けながら、これからの人生を生きていきますと、
私達に向かっても、歌い掛け語り掛けてくること〕を感じ取ったからであります。

【『Re-birth(作曲:中土智博/ 作詞︰川江美奈子)』レビュー】
~夜明け前が一番暗い、明けない夜はない~
Ⅰ:プロローグ
明菜が歌唱する『Re-birth』には…
特に
明菜自身の『生の声の告白』そのものを
感じ取っていて…
私にとっては
冷静に
レビューを書き綴ることが できません。
そんな訳で
このレビューについては
感じるままに
溢れ出るコトバを書き散らすこととなって…
=あちこちに向かって
 宙に彷徨うコトバに
 追いつけないよ=
と思う方が存在することを 承知の上で
レビューを述べますので
御容赦ください!

Ⅱ:以下には
『Re-birth(作曲:中土智博 作詞︰川江美奈子)』の全歌詞①~㉘を 掲載します↓
①何度でも何度でも あなたを思うよ
②涙が枯れてもずっと あなたを思うよ
③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
④あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから

⑤目が覚めたならぜんぶ忘れて
⑥新しい私になれたらいいな
⑦そんなこと願っててもあなたは戻らない

⑧時が流れても薄れはしない
⑨悲しみだって在るのだということ
⑩ねぇ、誰にわかるでしょう?
⑪空を憎んでいた

⑫風に揺れるれんげの花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

⑮何度でも何度でも あなたを思うよ←①のRefrain
⑯涙が枯れてもずっと あなたを思うよ←②のRefrain
⑰生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
⑱あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

⑲今日いいことがひとつあったわ
⑳友だちが大きな夢を叶えた
㉑自分のことのようにとても嬉しかった

㉒“笑っていて” 遠い声が
㉓どこからか心を撫でていった気がした
㉔そうだね ふさいでたメロディ 目の前に 大空に いま解き放つ

㉕もう一度もう一度 あなたに逢えたら
㉖私が見てきたすべて あなたに話すよ
㉗生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
㉘あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

Ⅲ:私が感じ取った《『Re-birth』の奥底に流れているイメージ》を
   以下に述べます ~夜明け前が一番暗い、明けない夜はない~

①何度でも何度でも 『あなた』を思うよ
②涙が枯れてもずっと 『あなた』を思うよ
③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
④『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから

㉕もう一度もう一度 『あなた』に逢えたら
㉖私が見てきたすべて 『あなた』に話すよ
㉗生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
㉘『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

上述①②・「④=㉘」・㉕㉖の詞句にある『あなた』と云うコトバの解釈は…
受け取る人によって
さまざまな感じ方があると思います
明菜姫は…
 ファンのことを指して歌っていると
 感じる人もいるでしょうし
 お世話になった人を指して歌っていると
 感じる人もいるでしょうし
 家族や愛した人を指して歌っていると
 感じる人もいるでしょう
さて
私にとっては…
上述①②・「④=㉘」・㉕㉖の詞句にある『あなた』と云うコトバを
まるで  
 自分に向かって
 語り掛けてくるコトバのように
 感じてしまって…
私の涙腺も緩んできます
 =懐かしの箱庭から抜け出そう
   夢見ていた再生へと抜け出そう=
 と云うように
 感じてしまって…
私の涙腺も緩んできます

上述①~③の詞句を観れば…
明菜姫が歌う歌詞に
思うよ
とか
選ぶよ
なんて…
『よ』の付くコトバが あるのは
珍しいですよね?
=⑲今日いいことがひとつあったわ
  ⑳友だちが大きな夢を叶えた
  ㉑自分のことのようにとても嬉しかった"=
=③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
  ④『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから=
上述⑲~㉑・③~④の歌詞の中には…
  自分を取り巻く様々な不条理に苦しみ、
  嘆き悲しんでいた《かつての明菜姫》が
  もう
  いないようです
=③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
  ④あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから=
上述③④の歌世界は
もちろん
かつての「難破船」「水に挿した花」「帰省 ~Never Forget~」や
カバーアルバム「歌姫」での、悲哀と寂寥に明け暮れる世界とは全く違う歌世界。
=自分を見つめ直し、
 自分で自分を癒すという"地獄の業火に焼かれる悲劇のヒロイン・明菜姫=の物語は
もう完結したかのような歌世界。
今の私は、
自らの苦い経験を表現・芸術に昇華して、
聴衆を救済する天界の女神に生まれ変わったのだと、
それこそが
私にとって本当の意味での「再生」だったのだと、
優しく包み込むように歌っています。

穏やかで優しい曲です。
明菜姫の優しい歌声が 心に染みてきます。
特に『Re-birth』の優しい歌声には
こわ張った心が解きほぐされて
癒されてゆきます
ハープとヴァイオリンの音色が包み込むような演奏があり
シンプルなサウンド構成で
明菜姫の歌声が強調されています

⑤目が覚めたならぜんぶ忘れて
⑥新しい私になれたらいいな
⑦そんなこと願っててもあなたは戻らない


⑫風に揺れるれんげの花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

=⑧時が流れても薄れはしない
  ⑨悲しみだって在るのだということ
  ⑩ねぇ、誰にわかるでしょう?
  ⑪空を憎んでいた=

かつての私には
上述⑧~⑪の詞句のように
悲哀と寂寥に明け暮れるときがありました
けれども
この悲哀と寂寥とが
やがて美しい命の輝きへと
昇華されてゆくと云うような
Process(=時間の経過に伴って移り変わる過程)が       
この『Re-birth』で表現されているのです!

⑤目が覚めたならぜんぶ忘れて
⑥新しい私になれたらいいな
⑦そんなこと願っててもあなたは戻らない


⑫風に揺れるれんげの花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

⑲今日いいことがひとつあったわ
⑳友だちが大きな夢を叶えた
㉑自分のことのようにとても嬉しかった

㉒“笑っていて” 遠い声が
㉓どこからか心を撫でていった気がした
㉔そうだね ふさいでたメロディ 目の前に 大空に いま解き放つ

上述⑤~⑦の詞句や
上述⑫~⑭の詞句や
上述⑲~㉑の詞句や
上述㉒~㉔の詞句などには

思い切れぬ切ない未練を
ありのままに認めながらも
それはそれとして
今の状況を冷静に受け取っており
それどころか
《『Re-birth』の奥底に流れているイメージ》を感じ取れば…
過ぎ去った過去については
=良かったことは 良かったこととして 
 記憶に留めておく=と思い切りながら 
『これからは 肩肘張らず 
 素直に強く生きていこう』と云う方向へ向かって
 《前向きな意志的感情》が生まれていくような 
 Process(=時間の経過に伴って移り変わる過程)が
 表現されているのです。

さて
Ⅰのプロローグの中で
私は
=明菜姫が歌唱する『Re-birth』には…
  特に
  明菜姫自身の『生の声の告白』そのものを
  感じ取っていて…
このレビューについては
  感じるままに
  溢れ出るコトバを書き散らすように
  レビューを述べます=と《予告》しました
それゆえに
上述《予告》に沿って
以下のー ー内文面を述べることにします
ー明菜姫自身の視点から把握すれば…
  明菜姫自身が
  普段口にできない様々な思いを
  歌唱表現活動を通して発散することで
  《『過去や現在の悲しみの行き先』を見つけること》になって
  心の中の『わだかまり』が
  解消する方向へ向かうことになり
  究極的には
  心身を浄化させて欲しいと切望しています
  この『Re-birth』の歌唱表現が…
  明菜姫自身の心身を浄化させるStart(=出発点)になることを
  心底から 切望しています
  『Re-birth』の優しい歌声を聴いていると
  私自身の《こわ張った心身》が解きほぐされて
  癒されてゆきます
  そんな訳なので…
  私だけが癒されて
  歌唱してる明菜姫自身が
  心身を浄化させるStart(=出発点)に なって頂かなければ
  私にとっては
  悔しくて耐えられない気持ちです
 『夜明け前が一番暗い、明けない夜はない』と思って
  歌唱してる明菜姫自身が
  心身を浄化させるStart(=出発点)になって頂けるように
  心底から 祈っておりますー

Re: 夜明け前が一番暗い、明けない夜はない - 東 恭彦Mail (男性)

2022/11/12 (Sat) 09:13:31

【少ない経済的補償では 音楽業界が連鎖破綻する】
▼前口上
コロナ禍の状況も加わって
自分の心の感受性が減少傾向に向かっている方々は
まさに明菜歌唱の『Rojo-Tierra-』を鑑賞して下さい❣

▼コロナ廃業が迫る音楽関係者の〈生の訴え〉
~少ない経済的補償では 音楽業界が連鎖破綻する~
「行政の補償やガイドラインは、
物理的な合理性のみに着目したもので、
文化や芸術を広い意味で保護するという視点が存在せず、
意味を成していません。
普段から音楽や演劇、それに伴う飲食を楽しむ庶民の感覚や
目線をまったく理解していないのが感じられ、とても残念です」(音楽プロデューサー)
「どのような形で仕事を再開するべきか模索状態です。
以前と同じ環境ではもう働けないと感じており、
先の見えない状況にとても不安を感じています」(照明スタッフ)
「売り上げが完全に途絶えた」(ライブハウスオーナー)
「ライブやイベントが延期や中止になっただけでなく、
今後のスケジュールさえ決めることができない。
ただただ、不安でしかない」(アーティストのマネージャー)

▼政府が…
文化や芸術や芸能に対して
少ない経済的補償を続ける限り
音楽業界の〈生LIVEパホーマンス〉については
まさに歴史上の「無形文化財」となって  
この〈生LIVEパホーマンス〉は
遥かの昔に 人間の関わった行動形態として
語り継がれるような伝説になってしまいます。
▼『Rojo-Tierra-』歌詞
作詞:川江美奈子・Miran:Miran/作曲:浅倉 大介

Ms. Una Tierra もっとそばに来て この腕に抱かせて
生きているぬくもりを 肌で感じる
熱い予感 終わりじゃない
私たちは ひとりじゃない

それはまるで大地を溶かしてしまいそうな炎 輝くほど
強くおもえる愛しい人たち光放つ 永久の希望を抱いて

動きだす大地とともに…私たちは出逢い
どんな群れにまぎれても決して見失わない

Ms. Una Tierra どうぞここへ来て 悲しみごとあずけて
傷ついた羽根さえも 時にまぼろし
Ms. Una Tierra 今 目を閉じて 鼓動に身をゆだねて
やがて来る夜の果て 耳を澄ませて
熱い予感 終わりじゃない
あなたはもう ひとりじゃない

それはまるで未来を祝福してるような光 あたたかくて

つらい過去から逃げずに…夜明けをつかまえて
優しい目をした人よ 光は降り注ぐから

Ms. Una Tierra もっとそばに来て この腕に抱かせて
生きているぬくもりを 肌が感じる
Ms. Una Tierra 胸に打ち寄せる 涙を泳ぎ切って
雨上がり虹の果て 恵む聖地へ
赤く燃える この心で
どんなことも 受け止めてく

Ms. Una Tierra どうぞここへ来て 悲しみごとあずけて
傷ついた羽根さえも 時のまぼろし
Ms. Una Tierra 今 目を閉じて 鼓動に身をゆだねて
やがて来る夜の果て 耳を澄ませて
Ms. Una Tierra もっとそばに来て この腕に抱かせて
生きているぬくもりを 肌が感じる
熱い予感 終わりじゃない
私たちは ひとりじゃない

▼「Rojo -Tierra-」レビュー

本当はね…生歌じゃないような唄で 復帰してほしくなかったけれど…
ああ云うプロデュース、慣れてないはずだけれども…
付録DVDで、人工ビブラート&エコーだって判ってしまったけれども…
見たくなかった種明かしだったけれども…
NHK紅白で明菜が歌い始めて…時が経つうちに…
日本中4割ほどのテレビ画面を 一瞬でブラックホールにした明菜が…
宇宙の闇さえ味方に付けてるみたいな強大な不思議パワーで
全部呑み込んでしまったように 感じてしまいました。
トータルプロデュースされた圧倒的な不思議パワーの勝利。
偏執狂ギリギリの徹底主義は不滅!幾重にも凄くて……嬉しい限り。
NHKホールの舞台で みんなと同じライトを浴びてたならば
不可能なperformanceだったから…
明菜の不安心風に 明けない夜のように物憂げな照明、
不安の裏まで味わい尽くしてここにいる、って感じの物憂げな表情、
異世界から這い出てきたように
物憂げな表情で 低音域な語りで
“⤵日本もいま低気圧の影響で⤵⤵⤵”って…
貴女こそが低気圧でしょ…とツッコまれそうな語り…
復帰会見にも似た歌い出しまでのほんの数十秒で、
バカ陽気にさんざめくNHKホールも、
たちまちシャットダウン、物憂げな雰囲気へと向かわせる。
4年ぶりに顔を見せた明菜、紅白最大のインパクト。
他の出演者も、見てる我々も、光さえ脱出できぬ宇宙から
しばらくの間 帰還できなくなってしまった。
…アタシは輝く…暗く暗く輝いて、光がなくても誰より輝ける自信がある…
痩せてたのは想定内。 みんな思ったはず…あら、意外とキレイ?
非常に瘦せこけた姿を想像してたから。
生の舞台に出てれば 
無慈悲なライトが 歳月を照らし出して 見せてしまう。
年明けの同局特番で、靴屋でも帽子屋でも、
自分に似合うあでやかなアイテムを
たちまち選び取る時の誇らかな女王的艶容は、
往年のではなく今を時めく大スターの華やぎそのもの。
見てる方も無駄に誇らしくなるほどキレイで、
それはそれで嬉しい永遠の妖女姿だった。
浅倉大介?デジタル星人の名前におったまげ、
異界へ拉致されつつ目を見開いた。
どう?ビックリしたでしょ……
尖った横顔でツンとすましながらも、物憂げな明菜も
歌ってる最中…束の間の時間は 解放されていたと思いたい。

イントロは確かに、アフリカ風味濃厚で気を持たせる音効&
鳥山雄司弾奏のスパニッシュ調ギターで、
一応明菜らしい展開の序幕ながら…
歌が始まったとたん、どこでもドアで
アフリカからユーロへ瞬間移動したよう!
溢れ出す電子音の雪崩は、明菜史上比類なき・ぶっ飛んだ珍曲!
だって「MOONLIGHT SHADOW」の小室哲哉さえも
少しは明菜に気を遣ったような音作りをしてたのに、
電子音が鳴り響くアレンジは、
キー音以外は 明菜の風格なんぞ顧慮せず
浅倉大介が ひたすら自分ワールドを繰り広げる独擅場……
第2次復帰の2002年「The Heat~musica fiesta~」『Resonancia』同様…スペイン語タイトルと知った時の
第3次復帰作も やっぱり特別な場所・スペインをまたやるのね、って云うような
Easyな憶測は 一旦ぶった切られてしまった。
今回は思わせぶりなタイトルで
お似合いのスパニッシュかとフェイントをかけ、
本当は明菜向きじゃない透明なサウンドも、
カバーアルバムで多用する半裏声を
エコーで装を凝らしてることも…
ぜ~んぶうそぶくようにそしらぬ顔で、
己を貫き通すように 迷いなく決然と歌い切ってる。
凄いperformanceですよ❣
淡雪のようだった「SWEET RAIN」から半年足らずで、
こんなに巧みな戦法を仕掛けてくるとは。

⤵皆さんに少しでも温かさが届けばいいなと思います⤵⤵⤵”
歌詞には熱っぽい言葉がほとばしってても、
表情のように暗い目をしたボーカルは内向き。逆に凍えているみたい。
でも内なる極地から燃える大地へと強く焦がれる念力が、
波動のように押し寄せてくるイメージ❣
その力によって、燠火(おきび)から
少しずつ炎が舞い上がり始めた今、この時に…
紅白なんて まだ無理じゃないのと
さんざん気を揉ませたあげくの、ファンを裏切る、嬉しい生まれたての炎。
温かさ…確かに届きましたよ❣
“熱い予感 終わりじゃない 私たちは ひとりじゃない”…
どの部分が明菜自身の作詞か判らないけど、
2009年「DIVA」、2010年「Crazy Love」から
リアル路線が依然続いてることも、嬉しい。
明菜自らが切り拓いた道。
希代の果敢な歌唱冒険家として、落ち着きながらも新たな情熱をまた見せてくれた。
それが一番、うれしい。
温かさ以上の、もっと熱い想い、しっかり届いている。
“赤く燃える この心で どんなことも 受けとめてく”
決意表明のような歌だから、半裏声でも、エコーでも、強く響くのです❣

▼〈営利目的のカルト宗教〉を根源的に発生させない対策
~現在の日本は 経済的・精神的な基盤が衰退している~
カリスマ的指導者(=教祖)への熱烈な崇拝対象となるような
〈営利目的のカルト宗教〉を根源的に発生させないためには
「精神的にも経済的にも追い詰められない社会」を創造出来れば良い。
私が今気づいた見解を以下に記述します。
政治が有効に発揮できる主な目的としては
経済的に追い詰められない社会の創造であり
経済的に追い詰められない社会の創造の成果から
精神的にも追い詰められない社会が発生する。
文化や芸能や芸術などを表現する楽しみとか
文化や芸能や芸術などの作品を鑑賞する楽しみとかは
心の感受性の心地良い豊かさを育むパワーとなり
この世の愛の拡大に寄与することになり
この世の平和創造の精神的基盤になると考えています。
いま現在の日本には…
この世の平和創造の精神的基盤となるような
文化や芸能や芸術などを
心おきなく・自由に表現し
心おきなく・自由に鑑賞するような
経済的・精神的余裕がありません。
いま現在の日本では…
平和創造の経済的・精神的な基盤衰退によって
世界のコロナ禍の状況も加わって
ヒトの豊かな心の感受性が減少傾向に向かっています。
平和創造の経済的・精神的な基盤衰退によって
世界のコロナ禍の状況も加わって
自分の心の感受性が減少傾向に向かっていることを
感じ取っているヒトは
文化や芸能や芸術などを
心おきなく・自由に表現し
心おきなく・自由に鑑賞すれば良いのです。
経済的な基盤衰退によって
コロナ禍の状況も加わって
自分の心の感受性が減少傾向に向かっていることを
感じ取る余裕がない貧困者層には
政治が救済の政策を実現する必要があります。

Re: 夜明け前が一番暗い、明けない夜はない - 東 恭彦Mail (男性)

2022/11/22 (Tue) 20:16:10

【いま私はマリオネット】
 
●初日、「マリオネット」のイントロから
どよめきが起こったのを
今でも忘れられない
「不思議」の中からの選曲は
私にとっても冒険だったが
みんなの うれしそうな顔が
その選択の成功を物語っていたように思えた。
出典:◎2003年ライブDVD 付属ブックレットよりの明菜告白

●ここからは 私の夢想に付き合って下さい❣
あまりの飛躍解釈に驚かないで下さい❣
いまコロナ禍の中で 
すべての食べ物が高騰し
ガス代も電気代も水道代も高騰して
エンタメに支払う余裕も急速に減少して
ストレスが溜まり気味なので…
まるで 私達の状況は
《コロナ禍の溜まり気味ストレス》から 
あやつられ続けて
自分の心の感受性が奪われてしまったような
『マリオネット=操り人形』のようであります❣

●と云う訳で
明菜が歌う『マリオネット』を鑑賞することによって…
自分の心の感受性が奪われてしまったような
『マリオネット=操り人形』の感覚を感じ取ることで
あらためて 本当の自分を取り戻し
自分の心の感受性を取り戻すことにしましょう❣

【Ⅰ】~『マリオネット(作詞:安岡 孝章/作曲:安岡 孝章)』歌唱全歌詞~

YouTube上の『マリオネット』(1987年・TV動画映像)においても
『マリオネット』(2003年・DVD動画映像)においても
歌唱全歌詞は 以下①~⑲のフレーズですし
《前奏》や《間奏》や《終奏》も
下述と同じ箇所で 演奏されています

〇まず 《前奏》が演奏されます。
①ゆれるメロディに 手を引かれ
②ゆるやかに踊る 月照かりの中
③悲しい夜の プレリュード(注1)
④海風が迷い込む
↑上述(注1)プレリュード=prelude=前奏曲。序曲。=一般に導入的性格の器楽曲。

⑤光と影の中で踊り続ける
⑥遠い想い出にまだ操られてる
⑦ひとり夢と踊るマリオネット(注2)
〇ここで 《❶間奏》が演奏されます。
↑上述(注2)マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形。

⑧窓辺にもたれて 耳をすませば
⑨壊れたはずの オルゴールの歌
⑩悲しい愛の ラブソディ(注3)
⑪風の中で 舞いながら
↑上述(注3)ラブソディ=rhapsody=幻想的な楽曲

⑫時の間(はざま=狭間)の中で踊り続ける
⑬遠い面影にまだ操られてる
⑭ひとり夢と踊るマリオネット
〇ここでも 《❷間奏》が
上述《❶間奏》より 長く演奏されます。

⑮指と指をつなぐ糸が
⑯強い風に切れないように

⑰光と影の中で踊り続ける
⑱遠い想い出にまだ操られてる
⑲ひとり夢と踊るマリオネット
〇ここで 《終奏》が
上述《❷間奏》より 長く演奏されます。

ちなみに上述(注1)~(注3)の《解釈》は
あくまで《辞書による直訳的解釈》であって
この《辞書による直訳的解釈》については…
ここで歌唱される『マリオネット』全歌詞のメッセージを
《image》として 感じ取って
その《image》を 私なりのコトバで
《以下のⅡ以降に書き付けるためのヒント》になるだけです。

【Ⅱ】~『マリオネット』(1987年・TV動画映像)レビュー~

テレビ画面で視聴すれば…
まるで《天井の蜘蛛の巣》から
《細く白い蜘蛛の糸》が
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっています

その《細く白い蜘蛛の糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《指と指とをつなぐ糸》になっています

その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっていて
その《指と指とをつなぐ糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《指と指とをつなぐ糸》は
強い風でも切れないようになっているから
悲しい夜の
光と影の中で
《激しく舞いつづける主人公》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》に操られながら
心の自由を捕獲されたまま
《一人きりで踊り続ける『操り人形』》になっているのです。

<舞踏集団>Dee-Deeは
前衛的な動作で舞いながら
時には
明菜を包み込んだり
時には
明菜の背後に移動したりして
明菜の激しく舞う姿が
《鮮やかに見える効果》を 上げています
激しく舞う明菜の『歌声』には…
まるで
視聴している私達の感受性に向かって
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》が
ストレートに 突き刺さって来るように
感じ取っています


【Ⅲ】『マリオネット』の背景&黒魔術を彷彿させるような表現&明菜の芸術性
 ~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~

明菜が21歳頃のYouTube上・『マリオネット』(1987年・TV動画映像)において
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような歌い方にし
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような衣装と振り付けで
黒魔術を彷彿させるような表現にしたのでしょうか?↓
▼1987年当時
 21歳頃の明菜は
 1987年2月4日からマンスリー出演したフジテレビ系の音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』において
 マンスリー1周目に『不思議 (アルバム)』から
 「Back door night」、「マリオネット」を テレビで披露した。
 当初の明菜は…
 「テレビでは、この作品のイメージ通りに表現出来ない。」と云うことで
 この2曲(=「Back door night」&「マリオネット」)による出演を断った経緯があるが
 スタッフの厚い要望のもと 明菜も出演を承諾し
 この『不思議 (アルバム)』のイメージに極力近づけるカタチで放送された。
 このイメージを壊さないために、
 セット、ライティング、映像の写し方まで こだわったそうである。
 その後、
 2003年の全国コンサート・ツアーAKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2003~ I hope so~-において
 このアルバムから「燠火」と「マリオネット」を披露した。

▼~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~
信頼できる情報によれば
明菜が歌っている当時の振り付けも
振付師によるものではなく
自分で考えた振り付けをしていたようだ。
付け加えれば
衣装もまた 
明菜が曲に感じたものを
スタイリストなどと一緒に再現していたと云う。
更に加えれば
演出も そうであったようだ。
とにかく明菜は
歌のイメージを直感的に捉えた振り付けと衣装とを
演出していた事になるだろう。
ちなみに
澁澤龍彦「少女コレクション序説」の中の
「人形愛の形而上学」には 
=以下=のように記述されている。
=そもそも遊びや玩具のなかで、
  その起源に、"魔術的"ないし宗教的な意味を見出すことができないようなものは、
  ほとんど一つもないのである=
  ↑=この記述=は…
     つまり、《どんな人形の背景》にも
     《魔術的要素が含まれていると云う事》を…伝えている!
《愛に関する歌》を多く歌う明菜が
『マリオネット』という曲で 魔術的に演じた事は
まさに 『マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形』が醸し出すimageに
ぴったりと はまっている感触が強い。
私の推測によれば
21歳頃の明菜自身が 最初に『マリオネット』を歌唱した時に
澁澤龍彦「少女コレクション序説」を知っていたとは思えないので
こう云う《『マリオネット』の背景》を知らず、
天性の感性で『マリオネット』を表現した明菜は、
感性の天才であると思う。
例えば、
人形やロボットを 人間が表現する場合、
この時代でも カクカクッとした表現で、
パントマイムやダンスで 
見事に 人形やロボットを演じる人は 多かった。
しかしながら 明菜は、
そういう表現をせずに
《自分的な人形の在り方》を
独自に 表現している。
《その表現のカタチ》は、
《自由意志を持った"愛の操り人形"》と云う事に なるのでしょうか?
ともあれ
『マリオネット』のパフォーマンスにおいては
自分自身の表現効果を上げるために
纏う衣裳・歌い舞う姿・歌唱法や
舞台装置・舞台照明・動画映像の撮影法などに
こだわっている《明菜の情熱》があって
この《明菜の情熱》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》を 表現しています!
ここにこそ 明菜の《素晴らしい芸術性》があります。
《明菜の演劇性》は 歌詞を超えていて
《明菜の芸術性》は 歌詞を超えていて
『マリオネット』において
《明菜のPerformance》 は
従来の演劇やダンスなどの表現を 超えています!
→今でも…《素晴らしい芸術性》を 失っていません!

▼もちろん 『マリオネット』だけではなく
 明菜の歌唱曲には… 
 《素晴らしい芸術性》と
[素晴らしいentertainment性(=娯楽性)]とが
 同時に含まれているからこそ
 私も 明菜ファンを15年以上 続けています。
 《明菜デビュー当時からのファンの方々》に比べれば
 私は… 
 60歳頃に 明菜のファンとなり
 今は 78歳の老爺となっているような
 《かなり遅れて来たファン》でありますが…

【Ⅳ】~『マリオネット』 (2003年・DVD動画映像)レビュー~

▼2003LIVE・明菜(=38歳頃)の『マリオット』歌唱においては…
明菜は
まるで
《客席に向かって訴えるセリフ》のように
歌っているけれども…
YouTube上の『マリオネット』(1987年・TV動画映像)の明菜(=21歳頃)のように
視聴している私達の感受性に向かって
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》が
ストレートに 突き刺さって来るように
歌っているのでは ありません。
2003LIVE・明菜(=38歳頃)の『マリオネット』歌唱全体から
私が受け取った感触を 以下に書き綴ります。
確かに
『マリオネット』の歌詞内容は
ストレートに 突き刺さって来るような
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》で
あふれているけれども…
その『マリオネット』歌唱全体から
私が受け取った感触を述べれば…
38歳頃の人生体験から溢れ出る『重みと切なさと、
そして強さとしなやかさ』を抱きながら
その歌唱の中に
《細やかな情感表現》が
あふれ出ていて…
その《細やかな情感表現》が
心の奥底に 染み込んで来て…
視聴している私達が抱くような
《心の奥底の…『愛が途切れる哀しみ』》にも
寄り添いながら
《心の奥底の…『渇愛の情念』》が
激しく燃え上がってくるように
心の奥底から 絞り出すような声で…
聴いている一人一人に対して
訴えるように 歌っているので…
その《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》には
明菜の『情念のうねり』が含まれていて
その『情念のうねり』は…
歌う明菜姫の《まごころ》から溢れ出るような
『情感の震え』になっていて…
《『切なく訴える渇愛の叫び』の情感》と
《『はかなく零れ落ちそうな愛』の情感》と
《『はかない求愛・はかない渇愛』の情感》と云うような
《混ざり合った情感》の中で…
ゆらゆれる『情念のうねり』が
歌う明菜の《まごころ》から溢れ出るような
《情感の震え》 に なっているのです!
この《情感の震え》からは …
切なく淋しい感じを 受け取っています
ビブラートは
ナチュラルに かかっているようです。

▼ちなみに 
2003 I Hope so LIVE(DVD版)の楽器編成は…↓
女性弦楽器奏者に限って云えば
観客席から向かって、右側から左側にかけて、
チェロ→ビオラ→バイオリンと云う配列であり、
バイオリンの場合…
クラシックの呼称では、
観客席から向かって左側が《⁂第1バイオリン》、
右側が第2バイオリンと云う配列になっています。

▼ところで
上述【Ⅰ】の『マリオネット』歌唱全歌詞において…
2回目の《❷間奏》がスタートする頃から
《上述⁂第1バイオリンの女性奏者》が
観客席から向かって、舞台の右側に立ち
立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾き始めていて…
《激しく蝶のように舞いながら歌う明菜の動き》と
《立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾く女性奏者》とが
《お互いに 絡み合う姿のパフォーマンス》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》が
《鮮やかに浮き上がって来る感触》を 抱きます
さらに また
『マリオネット』の《終奏》がスタートすると…
それこそ まるで
《鮮やかに浮き上がって来る感触》の『記憶』を
ふたたび 呼び起こすように
《上述⁂第1バイオリンの女性奏者》は
観客席から向かって、舞台の右側に
そのまま 立ち続けていて…
立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾き続けていて…
《激しく蝶のように舞いながら歌う明菜の動き》と
《立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾く女性奏者》とが
《お互いに 絡み合う姿のパフォーマンス》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》が
《鮮やかに浮き上がって来る感触》は…
《その限界》を 超えて行くことになって 
《鮮やかに浮き上がって来る感触》の『情念の炎』が
『マリオネット』の『情念の炎』が
めらめらと 燃え上がって行きながら
その『情念の炎』で 観客を包み込んでしまうのです!

【Ⅴ】『マリオネット』の背景&黒魔術を彷彿させるような表現&明菜の芸術性
 ~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~

明菜が21歳頃のYouTube上・『マリオネット』(1987年・TV動画映像)において
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような歌い方にし
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような衣装と振り付けで
黒魔術を彷彿させるような表現にしたのでしょうか?↓
▼1987年当時
 21歳頃の明菜は
 1987年2月4日からマンスリー出演したフジテレビ系の音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』において
 マンスリー1周目に『不思議 (アルバム)』から
 「Back door night」、「マリオネット」を テレビで披露した。
 当初の明菜は…
 「テレビでは、この作品のイメージ通りに表現出来ない。」と云うことで
 この2曲(=「Back door night」&「マリオネット」)による出演を断った経緯があるが
 スタッフの厚い要望のもと 明菜も出演を承諾し
 この『不思議 (アルバム)』のイメージに極力近づけるカタチで放送された。
 このイメージを壊さないために、
 セット、ライティング、映像の写し方まで こだわったそうである。
 その後、
 2003年の全国コンサート・ツアーAKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2003~ I hope so~-において
 このアルバムから「燠火」と「マリオネット」を披露した。

▼~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~
信頼できる情報によれば
明菜が歌っている当時の振り付けも
振付師によるものではなく
自分で考えた振り付けをしていたようだ。
付け加えれば
衣装もまた 
明菜が曲に感じたものを
スタイリストなどと一緒に再現していたと云う。
更に加えれば
演出も そうであったようだ。
とにかく明菜は
歌のイメージを直感的に捉えた振り付けと衣装とを
演出していた事になるだろう。
ちなみに
澁澤龍彦「少女コレクション序説」の中の
「人形愛の形而上学」には 
=以下=のように記述されている。
=そもそも遊びや玩具のなかで、
  その起源に、"魔術的"ないし宗教的な意味を見出すことができないようなものは、
  ほとんど一つもないのである=
  ↑=この記述=は…
     つまり、《どんな人形の背景》にも
     《魔術的要素が含まれていると云う事》を…伝えている!
《愛に関する歌》を多く歌う明菜が
『マリオネット』という曲で 魔術的に演じた事は
まさに 『マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形』が醸し出すimageに
ぴったりと はまっている感触が強い。
私の推測によれば
21歳頃の明菜自身が 最初に『マリオネット』を歌唱した時に
澁澤龍彦「少女コレクション序説」を知っていたとは思えないので
こう云う《『マリオネット』の背景》を知らず、
天性の感性で『マリオネット』を表現した明菜は、
感性の天才であると思う。
例えば、
人形やロボットを 人間が表現する場合、
この時代でも カクカクッとした表現で、
パントマイムやダンスで 
見事に 人形やロボットを演じる人は 多かった。
しかしながら 明菜は、
そういう表現をせずに
《自分的な人形の在り方》を
独自に 表現している。
《その表現のカタチ》は、
《自由意志を持った"愛の操り人形"》と云う事に なるのでしょうか?
ともあれ
『マリオネット』のパフォーマンスにおいては
自分自身の表現効果を上げるために
纏う衣裳・歌い舞う姿・歌唱法や
舞台装置・舞台照明・動画映像の撮影法などに
こだわっている《明菜の情熱》があって
この《明菜の情熱》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》を 表現しています!
ここにこそ 明菜の《素晴らしい芸術性》があります。
《明菜の演劇性》は 歌詞を超えていて
《明菜の芸術性》は 歌詞を超えていて
『マリオネット』において
《明菜のPerformance》 は
従来の演劇やダンスなどの表現を 超えています!
→今でも…《素晴らしい芸術性》を 失っていません!

▼もちろん 『マリオネット』だけではなく
 明菜の歌唱曲には… 
 《素晴らしい芸術性》と
[素晴らしいentertainment性(=娯楽性)]とが
 同時に含まれているからこそ
 私も 明菜ファンを15年以上 続けています。
 《明菜デビュー当時からのファンの方々》に比べれば
 私は… 
 60歳頃に 明菜のファンとなり
 今は 78歳の老爺となっているような
 《かなり遅れて来たファン》でありますが…

▼さて
  あなたは
   《『マリオネット』の『めくるめく芸術表現』》から
     どんなimageを 感じ取っていますか?

Re: 夜明け前が一番暗い、明けない夜はない - 東 恭彦Mail (男性)

2022/12/05 (Mon) 23:12:29

~明菜の歌唱表現はアトモスフィア~
【前口上】
たとえば、歌唱動画映像が
あなたに 触感や温度感覚を与えるとき
歌唱動画映像は… 
空間の幻想を作るのに
効果的なパワーを発揮します。

【1】明菜が歌唱表現したいことが
「atmosphereアトモスフィア」なんだと思っしまうのは
私だけでしょうか❓
「atmosphereアトモスフィア」とは
言語化以前の、言語化できない未整理な感情と云うか
ぼんやりと漂う、あえかな情緒と云うか…
混沌としていて すべての感情の源泉であるような
未整理な感情みたいなモノ…
ただ そこにあるのは確かだけれども、
言葉という記号で表現できない、名づけられない何か、と云うような 
混沌としていているものであります。
明菜が歌唱表現したいことが
上述した「atmosphereアトモスフィア」なんだと思ってしまうのは
私だけでしょうか❓これから書き綴りたいと望んでいるのは
『Back Door Night』の〈review=感想・批評・評価〉であります。
【2】『Back Door Night』の〈review=感想・批評・評価〉
▼『Back Door Night作詞:麻生 圭子/作曲:長谷川 勇』全歌詞
逃げてね 地の果てへ
靴音 消えていく
倉庫の 窓から
夜明けを確かめた

一人きりは そう なれてるのよ
指先に残るぬくもりを噛んだ

裏階段 your way 桟橋へ you know
その光は……
国籍は forget 顔のない you're a runaway
Fu Fu Fu Fu


別離は出逢いに 似てしまうものね
愛して愛して 全てを捨てれば
もつれて もつれて あの日に還る ほら
あなたは誰?
(Back Door)

やさしく抱きしめて
最後も微笑みで
無駄にしないでね この気持ちを
迎えに戻って いつかは……

気配が気配がこのドアを開ける
決して決して喋ったりしない
私に私に怖いものはない今
あなたを守ることが
私の誇りだから

▼『Back Door Night』の〈review=感想・批評・評価〉&「アルバム不思議」の〈review=感想・批評・評価〉

①明菜の歌唱表現の目標(全ての歌について)
常々明菜は…
「音楽とは、聞いている人間に何らかのイメージを思い起こさせるべきもの」というような考えがあるようで、
そのためには
「自分の歌声も楽器の一部として扱う」ことをボーカリストとして心がけている節があって、
結果的にこの「不思議」から「FIXER」に至るまでの30年間、
彼女は延々と様々なトライandエラーを恐れないような
歌唱法の実験を試みるのです❣
常々明菜は…
歌詞が云々、メロディーが云々ではなく、
声とバックトラックの相乗効果で
エモーショナルな(=感情をかき立てる)表現を構築する……
極端に言えば歌詞に意味がなくても、それこそ全部「ラララ~」みたいな感じだったり、
意味の分からない異国の言語で歌っても、
聞き手に何らかのイメージを想起させることが出来るような、そんな楽曲や
歌声を作り上げることを目標にしていたと思うのです❣

②明菜にとって初となる《セルフプロデュース作品》Back door nightやマリオネットは…
「明菜最大の問題作」とも形容された
1986年8月11日発売アルバム『不思議』の楽曲である。
夜光塗料で描かれた「不思議」の文字が
浮かび上がる仕様。ジャケットの衣装・
メイクは、中森がハワイで見つけた
ディゴドンという呪い人形をモチーフにした。中森は、本アルバムについて、
映画『エクソシスト』の音楽から
インスパイアされたものであるという
発言を残している。
EUROX、吉田美奈子、
SANDII & THE SUNSETSらの楽曲が
選定された。

1回目のトラックダウン終了後、中森は
そのミキシング[=録音された各トラック(音)の音量バランスや音色などを調整する作業]では"カッコいいけど、
不思議じゃないネ?"」と発言。
その後、
サウンドとヴォーカルがひとまとまりとなって聴こえるような
2回目のtrack down(=多重録音されたものを混ぜ合わせ、音質や抑揚を決めて一つの曲にまとめていく過程)が行われた。
ミキシングに関しては、
もともと中森のアイデアにより、
ヴォーカルを小さく処理したとディレクターの藤倉は明かした。
本作のconcept(=終始一貫させる考え・構想)は、
声も楽器の一部であるというものであった。
EUROXについては、アルバム・クレジットに
「EUROXのお蔭で、この作品を作ることが出来た」との記述がされている。
私は
不思議というよりは
神秘的といった感じを受け取っています。

何か人以外のもの、例えば力をもった蛇が
人間の女性に乗り移って、声を借りて
歌ってるような呪術的な匂いすら感じます。

全編にわたり、その妖艶なヴォーカルに
エコーが深くかかっているのが、
アルバムを統一させる重要な要素にして、
とっつきづらさを通り抜ければ癖になる雰囲気を演出。
リズムは曲によっては 独特なパターンを用いており、
注意深く聴けば 細部にわたるこだわりを発見できます。

明菜の表現力がなければ「アルバム不思議」は作品として成立しなかった。
ヴォーカルが聴き取れないから 
明菜以外の歌手でも良かったと言う人がいるけれども、それは大間違い。
このヴォーカルに拒否反応を起こして聴く気が削がれ、ちゃんと聴いていないだけ。
確かに 声は聴き取りづらいが、それは意図的なものだし、
全曲同じ感じに思えて、よく聴くと 実は曲によって歌い方を変えているのが分かる。
時に不気味に笑いながら、泣きながら、ある時は囁くようなヴォーカルも楽しめる。
北ウイング「不思議な力で~~~~~」に匹敵するロングトーン、
「アルバム不思議」に含まれる楽曲Labylinthの歌詞「冷ややかな雫は~~~~~」も強力なインパクト。
とにかく一度このアルバムの魔力に取り憑かれたら抜け出せない、
非常に高い完成度を持つ一枚。

そして時は流れ、2006年に紙ジャケリマスターが出て
聴いて思ったのが 「あれ?思ったより 聴きやすいぞ?」
「意外と楽器の分離も良いし…リバーブの深さも有り得ないと言うほどでもない…」
そう思ったのは やはり、20年ほどの間に
自分自身が沢山のジャンルの音楽に触れた事、
特に90年代初頭のシューゲイザー(とどろきわたる音、乱れた音、浮遊感、甘いメロディ、ささやくようなボーカル)等を
散々聴いた耳には、それ程過剰な音には 聞こえなくなったというのはあると思う。
しかし、そうして一歩引いて聴けるようになった分、
このアルバムの唯一無二の部分、
素晴らしさも 以前よりはっきり分かるようになったと感じている。

86年のアルバム『不思議』は
ボーカルと演奏が入り混じって
賛否両論だったけど、
アルバム『不思議』は 
全6曲で構成されています。
ここではRE-VOCALIZEDと書かれているように、
演奏とボーカルがしっかり分離していて、
時につやっぽく、
時に狂おしく歌う明菜さんが
堪能できます。

③Back door nightレビュー
出だしのオーケストラヒット系シンセ(=電子楽器音)から インパクト(=衝撃)が強い。
ドラムマシーンと譜割りの細かいベースによるファンキーな(=カッコいい、イカした、型破りな)リズム、細かく絡むようなギター…
全体に深いリバーブ(=残響)がかけられていて 特にスネアドラムが大きく響く。
ボーカルはディレイ(=音響効果)かリバーブ(=残響)を通した音をメインに据え、
元の声は ほぼカットか極端なイコライジング(=イコライザを使用して、主に音色を加工する作業)がされているように聴こえる。
そしてその歌唱は、妙に鼻にかかった声、極端な抑揚、
ビブラート(=声を途切れさせずに、かつ音を小刻みに上下に揺らす歌唱テクニック)の多用…
[ミックス(=音量バランスや音色などを混ぜ合わす)時により目立つように処理されていると思われる]
→これらは歌詞を伝えるための歌ではなく、声を楽器として捉えている事を強く感じさせる。
曲はファンク的な(=型破りな)出だしから、サビではロングトーンのベースが響き、
続いてヴァイオリンのソロへと ドラマチックに展開して行きます。
ここまで書いた特徴の多くは アルバム不思議全体に当てはまり、
アルバム不思議1曲目Back door nightにしても
このアルバム不思議がどういった特徴なのかを良く表している。
残響のベール(=おおい)の内側から「こちら側へおいで」と誘われているようなイメージが浮かぶ。
このアルバム不思議をプロデュースした中森明菜は、
歌詞をメインに置いた歌では無く、
「音楽」として新しいもの、自分の心に刺さるものを作ったのだと思う。

「不思議」のまず最初は この曲「Back door night」で始まります。
麻生圭子(作詞)とEUROX(作曲&編曲)による曲は、
まさに不思議な世界を象徴する"音"で始まります。
明菜の声が遠くから聞こえますが、歌詞が聞き取れません。
ただ、かなり高いキー(=音階)で歌っており、
バックコーラスのようでもあります。歌詞をよく見て内容を確かめる必要があります。

歌詞内容を見ると、題名の通り、
裏門Back door(裏階段)から桟橋に、逃げていくあなた(恋人?)の靴音を
倉庫の窓から聞いている私(女性)を歌っていることがわかります。
なぜ逃げるのかわかりませんが、私はあなたを守ることが誇りだから、地の果てまで逃げてね、と言っています。

実に不思議な歌です。単純なラブソングではありません。
内容を理解するだけでも大変なのに、声がよく聞こえないのですから、まったくどうしようもありません。
当時は物議をかもしたことは当然で、歌(特に流行歌とかポピュラーソング)の根本から問い直す姿勢は
今でも破天荒だと思います。
しかし、こうしなければ、《明菜の表現したいnuance》が伝わらなかったのだろう、と想像しています。

「Back door night」において
《明菜が表現したい「nuance=歌詞の持つ表面的な意味以外の、情緒的な意味や細かな意味」》とは…
言語化以前の、言語化できない未整理な感情と云うか
ぼんやりと漂う、あえかな情緒と云うか…
混沌としていて すべての感情の源泉であるような
未整理な感情みたいなモノ…
ただ そこにあるのは確かだけれども、
言葉という記号で表現できない、名づけられない何か、と云うような 
混沌としていているものであります。
明菜が歌唱表現したいことが
上述した内容であると思ってしまうのは
私だけでしょうか❓
あなたは どんな風に感じ取っていますか❓


いま私はマリオット - yasuhiko higasi

2022/11/22 (Tue) 19:47:35

【いま私はマリオット】
 
●初日、「マリオネット」のイントロから
どよめきが起こったのを
今でも忘れられない
「不思議」の中からの選曲は
私にとっても冒険だったが
みんなの うれしそうな顔が
その選択の成功を物語っていたように思えた。
出典:◎2003年ライブDVD 付属ブックレットよりの明菜告白

●ここからは 私の夢想に付き合って下さい❣
あまりの飛躍解釈に驚かないで下さい❣
いまコロナ禍の中で 
すべての食べ物が高騰し
ガス代も電気代も水道代も高騰して
エンタメに支払う余裕も急速に減少して
ストレスが溜まり気味なので…
まるで 私達の状況は
《コロナ禍の溜まり気味ストレス》から 
あやつられ続けて
自分の心の感受性が奪われてしまったような
『マリオネット=操り人形』のようであります❣

●と云う訳で
明菜が歌う『マリオネット』を鑑賞することによって…
自分の心の感受性が奪われてしまったような
『マリオネット=操り人形』の感覚を感じ取ることで
あらためて 本当の自分を取り戻し
自分の心の感受性を取り戻すことにしましょう❣

【Ⅰ】~『マリオネット(作詞:安岡 孝章/作曲:安岡 孝章)』歌唱全歌詞~

YouTube上の『マリオネット』(1987年・TV動画映像)においても
『マリオネット』(2003年・DVD動画映像)においても
歌唱全歌詞は 以下①~⑲のフレーズですし
《前奏》や《間奏》や《終奏》も
下述と同じ箇所で 演奏されています

〇まず 《前奏》が演奏されます。
①ゆれるメロディに 手を引かれ
②ゆるやかに踊る 月照かりの中
③悲しい夜の プレリュード(注1)
④海風が迷い込む
↑上述(注1)プレリュード=prelude=前奏曲。序曲。=一般に導入的性格の器楽曲。

⑤光と影の中で踊り続ける
⑥遠い想い出にまだ操られてる
⑦ひとり夢と踊るマリオネット(注2)
〇ここで 《❶間奏》が演奏されます。
↑上述(注2)マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形。

⑧窓辺にもたれて 耳をすませば
⑨壊れたはずの オルゴールの歌
⑩悲しい愛の ラブソディ(注3)
⑪風の中で 舞いながら
↑上述(注3)ラブソディ=rhapsody=幻想的な楽曲

⑫時の間(はざま=狭間)の中で踊り続ける
⑬遠い面影にまだ操られてる
⑭ひとり夢と踊るマリオネット
〇ここでも 《❷間奏》が
上述《❶間奏》より 長く演奏されます。

⑮指と指をつなぐ糸が
⑯強い風に切れないように

⑰光と影の中で踊り続ける
⑱遠い想い出にまだ操られてる
⑲ひとり夢と踊るマリオネット
〇ここで 《終奏》が
上述《❷間奏》より 長く演奏されます。

ちなみに上述(注1)~(注3)の《解釈》は
あくまで《辞書による直訳的解釈》であって
この《辞書による直訳的解釈》については…
ここで歌唱される『マリオネット』全歌詞のメッセージを
《image》として 感じ取って
その《image》を 私なりのコトバで
《以下のⅡ以降に書き付けるためのヒント》になるだけです。

【Ⅱ】~『マリオネット』(1987年・TV動画映像)レビュー~

テレビ画面で視聴すれば…
まるで《天井の蜘蛛の巣》から
《細く白い蜘蛛の糸》が
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっています

その《細く白い蜘蛛の糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《指と指とをつなぐ糸》になっています

その《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》は
《心の自由を捕獲する網》のように
垂れ下がっていて
その《指と指とをつなぐ糸》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》であり
その《指と指とをつなぐ糸》は
強い風でも切れないようになっているから
悲しい夜の
光と影の中で
《激しく舞いつづける主人公》は
《『遠い想い出・遠い面影』の『夢の糸』》に操られながら
心の自由を捕獲されたまま
《一人きりで踊り続ける『操り人形』》になっているのです。

<舞踏集団>Dee-Deeは
前衛的な動作で舞いながら
時には
明菜を包み込んだり
時には
明菜の背後に移動したりして
明菜の激しく舞う姿が
《鮮やかに見える効果》を 上げています
激しく舞う明菜の『歌声』には…
まるで
視聴している私達の感受性に向かって
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》が
ストレートに 突き刺さって来るように
感じ取っています


【Ⅲ】『マリオネット』の背景&黒魔術を彷彿させるような表現&明菜の芸術性
 ~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~

明菜が21歳頃のYouTube上・『マリオネット』(1987年・TV動画映像)において
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような歌い方にし
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような衣装と振り付けで
黒魔術を彷彿させるような表現にしたのでしょうか?↓
▼1987年当時
 21歳頃の明菜は
 1987年2月4日からマンスリー出演したフジテレビ系の音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』において
 マンスリー1周目に『不思議 (アルバム)』から
 「Back door night」、「マリオネット」を テレビで披露した。
 当初の明菜は…
 「テレビでは、この作品のイメージ通りに表現出来ない。」と云うことで
 この2曲(=「Back door night」&「マリオネット」)による出演を断った経緯があるが
 スタッフの厚い要望のもと 明菜も出演を承諾し
 この『不思議 (アルバム)』のイメージに極力近づけるカタチで放送された。
 このイメージを壊さないために、
 セット、ライティング、映像の写し方まで こだわったそうである。
 その後、
 2003年の全国コンサート・ツアーAKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2003~ I hope so~-において
 このアルバムから「燠火」と「マリオネット」を披露した。

▼~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~
信頼できる情報によれば
明菜が歌っている当時の振り付けも
振付師によるものではなく
自分で考えた振り付けをしていたようだ。
付け加えれば
衣装もまた 
明菜が曲に感じたものを
スタイリストなどと一緒に再現していたと云う。
更に加えれば
演出も そうであったようだ。
とにかく明菜は
歌のイメージを直感的に捉えた振り付けと衣装とを
演出していた事になるだろう。
ちなみに
澁澤龍彦「少女コレクション序説」の中の
「人形愛の形而上学」には 
=以下=のように記述されている。
=そもそも遊びや玩具のなかで、
  その起源に、"魔術的"ないし宗教的な意味を見出すことができないようなものは、
  ほとんど一つもないのである=
  ↑=この記述=は…
     つまり、《どんな人形の背景》にも
     《魔術的要素が含まれていると云う事》を…伝えている!
《愛に関する歌》を多く歌う明菜が
『マリオネット』という曲で 魔術的に演じた事は
まさに 『マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形』が醸し出すimageに
ぴったりと はまっている感触が強い。
私の推測によれば
21歳頃の明菜自身が 最初に『マリオネット』を歌唱した時に
澁澤龍彦「少女コレクション序説」を知っていたとは思えないので
こう云う《『マリオネット』の背景》を知らず、
天性の感性で『マリオネット』を表現した明菜は、
感性の天才であると思う。
例えば、
人形やロボットを 人間が表現する場合、
この時代でも カクカクッとした表現で、
パントマイムやダンスで 
見事に 人形やロボットを演じる人は 多かった。
しかしながら 明菜は、
そういう表現をせずに
《自分的な人形の在り方》を
独自に 表現している。
《その表現のカタチ》は、
《自由意志を持った"愛の操り人形"》と云う事に なるのでしょうか?
ともあれ
『マリオネット』のパフォーマンスにおいては
自分自身の表現効果を上げるために
纏う衣裳・歌い舞う姿・歌唱法や
舞台装置・舞台照明・動画映像の撮影法などに
こだわっている《明菜の情熱》があって
この《明菜の情熱》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》を 表現しています!
ここにこそ 明菜の《素晴らしい芸術性》があります。
《明菜の演劇性》は 歌詞を超えていて
《明菜の芸術性》は 歌詞を超えていて
『マリオネット』において
《明菜のPerformance》 は
従来の演劇やダンスなどの表現を 超えています!
→今でも…《素晴らしい芸術性》を 失っていません!

▼もちろん 『マリオネット』だけではなく
 明菜の歌唱曲には… 
 《素晴らしい芸術性》と
[素晴らしいentertainment性(=娯楽性)]とが
 同時に含まれているからこそ
 私も 明菜ファンを15年以上 続けています。
 《明菜デビュー当時からのファンの方々》に比べれば
 私は… 
 60歳頃に 明菜のファンとなり
 今は 78歳の老爺となっているような
 《かなり遅れて来たファン》でありますが…

【Ⅳ】~『マリオネット』 (2003年・DVD動画映像)レビュー~

▼2003LIVE・明菜(=38歳頃)の『マリオット』歌唱においては…
明菜は
まるで
《客席に向かって訴えるセリフ》のように
歌っているけれども…
YouTube上の『マリオネット』(1987年・TV動画映像)の明菜(=21歳頃)のように
視聴している私達の感受性に向かって
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》が
ストレートに 突き刺さって来るように
歌っているのでは ありません。
2003LIVE・明菜(=38歳頃)の『マリオネット』歌唱全体から
私が受け取った感触を 以下に書き綴ります。
確かに
『マリオネット』の歌詞内容は
ストレートに 突き刺さって来るような
《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》で
あふれているけれども…
その『マリオネット』歌唱全体から
私が受け取った感触を述べれば…
38歳頃の人生体験から溢れ出る『重みと切なさと、
そして強さとしなやかさ』を抱きながら
その歌唱の中に
《細やかな情感表現》が
あふれ出ていて…
その《細やかな情感表現》が
心の奥底に 染み込んで来て…
視聴している私達が抱くような
《心の奥底の…『愛が途切れる哀しみ』》にも
寄り添いながら
《心の奥底の…『渇愛の情念』》が
激しく燃え上がってくるように
心の奥底から 絞り出すような声で…
聴いている一人一人に対して
訴えるように 歌っているので…
その《むき出しの純粋すぎる挑戦的なコトバ》には
明菜の『情念のうねり』が含まれていて
その『情念のうねり』は…
歌う明菜姫の《まごころ》から溢れ出るような
『情感の震え』になっていて…
《『切なく訴える渇愛の叫び』の情感》と
《『はかなく零れ落ちそうな愛』の情感》と
《『はかない求愛・はかない渇愛』の情感》と云うような
《混ざり合った情感》の中で…
ゆらゆれる『情念のうねり』が
歌う明菜の《まごころ》から溢れ出るような
《情感の震え》 に なっているのです!
この《情感の震え》からは …
切なく淋しい感じを 受け取っています
ビブラートは
ナチュラルに かかっているようです。

▼ちなみに 
2003 I Hope so LIVE(DVD版)の楽器編成は…↓
女性弦楽器奏者に限って云えば
観客席から向かって、右側から左側にかけて、
チェロ→ビオラ→バイオリンと云う配列であり、
バイオリンの場合…
クラシックの呼称では、
観客席から向かって左側が《⁂第1バイオリン》、
右側が第2バイオリンと云う配列になっています。

▼ところで
上述【Ⅰ】の『マリオネット』歌唱全歌詞において…
2回目の《❷間奏》がスタートする頃から
《上述⁂第1バイオリンの女性奏者》が
観客席から向かって、舞台の右側に立ち
立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾き始めていて…
《激しく蝶のように舞いながら歌う明菜の動き》と
《立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾く女性奏者》とが
《お互いに 絡み合う姿のパフォーマンス》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》が
《鮮やかに浮き上がって来る感触》を 抱きます
さらに また
『マリオネット』の《終奏》がスタートすると…
それこそ まるで
《鮮やかに浮き上がって来る感触》の『記憶』を
ふたたび 呼び起こすように
《上述⁂第1バイオリンの女性奏者》は
観客席から向かって、舞台の右側に
そのまま 立ち続けていて…
立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾き続けていて…
《激しく蝶のように舞いながら歌う明菜の動き》と
《立ち姿のまま 激しくバイオリンを弾く女性奏者》とが
《お互いに 絡み合う姿のパフォーマンス》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》が
《鮮やかに浮き上がって来る感触》は…
《その限界》を 超えて行くことになって 
《鮮やかに浮き上がって来る感触》の『情念の炎』が
『マリオネット』の『情念の炎』が
めらめらと 燃え上がって行きながら
その『情念の炎』で 観客を包み込んでしまうのです!

【Ⅴ】『マリオネット』の背景&黒魔術を彷彿させるような表現&明菜の芸術性
 ~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~

明菜が21歳頃のYouTube上・『マリオネット』(1987年・TV動画映像)において
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような歌い方にし
なぜ
明菜自身は
黒魔女のような衣装と振り付けで
黒魔術を彷彿させるような表現にしたのでしょうか?↓
▼1987年当時
 21歳頃の明菜は
 1987年2月4日からマンスリー出演したフジテレビ系の音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』において
 マンスリー1周目に『不思議 (アルバム)』から
 「Back door night」、「マリオネット」を テレビで披露した。
 当初の明菜は…
 「テレビでは、この作品のイメージ通りに表現出来ない。」と云うことで
 この2曲(=「Back door night」&「マリオネット」)による出演を断った経緯があるが
 スタッフの厚い要望のもと 明菜も出演を承諾し
 この『不思議 (アルバム)』のイメージに極力近づけるカタチで放送された。
 このイメージを壊さないために、
 セット、ライティング、映像の写し方まで こだわったそうである。
 その後、
 2003年の全国コンサート・ツアーAKINA NAKAMORI LIVE TOUR 2003~ I hope so~-において
 このアルバムから「燠火」と「マリオネット」を披露した。

▼~『マリオネット』は めくるめく芸術表現のPerformanceである~
信頼できる情報によれば
明菜が歌っている当時の振り付けも
振付師によるものではなく
自分で考えた振り付けをしていたようだ。
付け加えれば
衣装もまた 
明菜が曲に感じたものを
スタイリストなどと一緒に再現していたと云う。
更に加えれば
演出も そうであったようだ。
とにかく明菜は
歌のイメージを直感的に捉えた振り付けと衣装とを
演出していた事になるだろう。
ちなみに
澁澤龍彦「少女コレクション序説」の中の
「人形愛の形而上学」には 
=以下=のように記述されている。
=そもそも遊びや玩具のなかで、
  その起源に、"魔術的"ないし宗教的な意味を見出すことができないようなものは、
  ほとんど一つもないのである=
  ↑=この記述=は…
     つまり、《どんな人形の背景》にも
     《魔術的要素が含まれていると云う事》を…伝えている!
《愛に関する歌》を多く歌う明菜が
『マリオネット』という曲で 魔術的に演じた事は
まさに 『マリオネット=marionette=糸を使って操られる人形』が醸し出すimageに
ぴったりと はまっている感触が強い。
私の推測によれば
21歳頃の明菜自身が 最初に『マリオネット』を歌唱した時に
澁澤龍彦「少女コレクション序説」を知っていたとは思えないので
こう云う《『マリオネット』の背景》を知らず、
天性の感性で『マリオネット』を表現した明菜は、
感性の天才であると思う。
例えば、
人形やロボットを 人間が表現する場合、
この時代でも カクカクッとした表現で、
パントマイムやダンスで 
見事に 人形やロボットを演じる人は 多かった。
しかしながら 明菜は、
そういう表現をせずに
《自分的な人形の在り方》を
独自に 表現している。
《その表現のカタチ》は、
《自由意志を持った"愛の操り人形"》と云う事に なるのでしょうか?
ともあれ
『マリオネット』のパフォーマンスにおいては
自分自身の表現効果を上げるために
纏う衣裳・歌い舞う姿・歌唱法や
舞台装置・舞台照明・動画映像の撮影法などに
こだわっている《明菜の情熱》があって
この《明菜の情熱》によって
『マリオネット』の《めくるめく夢幻Warld》を 表現しています!
ここにこそ 明菜の《素晴らしい芸術性》があります。
《明菜の演劇性》は 歌詞を超えていて
《明菜の芸術性》は 歌詞を超えていて
『マリオネット』において
《明菜のPerformance》 は
従来の演劇やダンスなどの表現を 超えています!
→今でも…《素晴らしい芸術性》を 失っていません!

▼もちろん 『マリオネット』だけではなく
 明菜の歌唱曲には… 
 《素晴らしい芸術性》と
[素晴らしいentertainment性(=娯楽性)]とが
 同時に含まれているからこそ
 私も 明菜ファンを15年以上 続けています。
 《明菜デビュー当時からのファンの方々》に比べれば
 私は… 
 60歳頃に 明菜のファンとなり
 今は 78歳の老爺となっているような
 《かなり遅れて来たファン》でありますが…

▼さて
  あなたは
   《『マリオネット』の『めくるめく芸術表現』》から
     どんなimageを 感じ取っていますか?

Re: 夜明け前が一番暗い、明けない夜はない - 東 恭彦Mail (男性)

2022/12/22 (Thu) 01:37:23

【コロナ禍LIVE激減が 明菜にも逆風❓】

●プロローグ
わが明菜の歌唱は
作曲家・編曲家・作詞家・生楽器演奏者・ミュージシャンなど
その道の優れた「職人」達によって支えられて来ました。
《打ち込みでなければ出来ない独特の演奏》については
DTM(デスクトップミュージック=コンピューターの音源で作られるサウンド)で良いと考えます。

しかしながら
コロナ禍LIVE激減によって
制作予算が圧迫される現状にあるとしても
なし崩し的にDTMが増加していくのは肯定できません。
この様な現状は
全てのプロ歌手にとっての課題になっていると考えます。

DTM(デスクトップミュージック=コンピューターの音源で作られるサウンド)の進化によって
楽器に触れたことがなかったとしても
譜面上の完璧な音程とリズムを生み出すことが可能になる。
さらには録音された人の声や楽器の音色も
後処理によっていくらでも修正でき
少々歌唱や演奏の技術が甘くても
音源上は十分に「歌手」としてデビューできるようになった。

なぜ、ここまで日本の音楽ソフトは元気がなくなっているのだろうか。
実は「音楽のデジタル化」を、流通=「届け方」とは別の観点でとらえると
違う姿も見えてくる。

着目したいのは《音楽コンテンツ=音声・映像を使って表現される創作物=「真に価値のある中身」》 の『作り方』であります。
音楽業界の不況は《音楽コンテンツ=音声・映像を使って表現される創作物=「真に価値のある中身」》 の『作り方』に大きな変化をもたらした。

Ⅰ:デジタル化で《音楽コンテンツ=音声・映像を使って表現される創作物=「真に価値のある中身」》 の『作り方』が変容

音楽業界の不況によって
制作予算が圧迫され、作曲家、編曲家、ミュージシャンなどその道の優れた「職人」達を起用した作品が徐々に減少しています。

そこで登場したのが、「打ち込み」と呼ばれるDTM(デスクトップミュージック=コンピューターの音源で作られるサウンド)であります。

もともとコンピューターで作られる音楽コンテンツは、「YMO」や「TM NETWORK」などに代表されるように、
シンセサイザーでないと表現できない音を作る際に用いられていた。

それがコンピューターのハード・ソフトともに劇的に機能が進化した結果、DTMはあらゆる楽器が奏でる音を精巧に表現できるようになった。音程や音質も自由自在に操れる。緻密な編集作業がいくらでも可能になった。

その結果、DTMアプリケーションをオペレート(操作)する技術さえ身につければ
楽器に触れたことがなかったとしても
譜面上の完璧な音程とリズムを生み出すことが可能になる。

さらには録音された人の声や楽器の音色も
後処理によっていくらでも修正でき
少々歌唱や演奏の技術が甘くても
音源上は十分に「歌手」としてデビューできるようになった。

ごく一部のプロフェッショナルしかコントロール出来なかった「音楽」をグッと身近にした点では
DTMは革命的な技術といえる。

《DTMの技術》は《コストカットを余儀なくされた音楽制作の現場》でも重宝されており
《ミュージシャンのギャラ、スタジオの費用を圧縮する目的》でも用いられている。

現代のポップスや大量の音源を制作するカラオケの分野などは
DTMでないと成り立たない側面もある。

打ち込みでなければできない独特の演奏もある。

Ⅱ:熟練の技が生かされない

ただしDTMには弊害もある。
そこには
あらゆる経験を積んだ熟練のミュージシャンやアレンジャーがいない。

《熟練の技でしか表現できない旋律やリズム感》が得られない場合
時として《似たようなサウンドが濫造される土壌》になってしまっている。

スタンダードとなった名盤や名曲には
必ず優れたミュージシャンたちが参加し
素晴らしい《groove感(=音楽に乗った状態。その曲のリズムや雰囲気などが気持ち良く感じられる状態。)》を生み出している。

そして、《優れた演奏》は《優れた歌唱》を引き出し
《優れた歌唱力を持つヴォーカリスト》が名演を生み出す。

大勢のミュージシャンが関わり
《『個性的で新しいサウンド』や『唯一無二の個性を備えるヴォーカリスト』》をかけて制作されるような作品は非常に生まれにくくなっている。

今、この時代にそうした「クラシカルなサウンド」を追求するミュージシャンやアーティストも大勢いるが
かつてと比べるとそうした機会は圧倒的に減っている。

リリースされてから何十年も聴かれるような大傑作の中には
大勢の才能、潤沢な資金、時間が生み出した作品が沢山ある。

この様な作品が生まれにくくなる時代になりつつあるのかもしれない。これは由々しき状況だ。
今後は何が望ましいのか。

《DTMがさらに発展して
その道の優れたクリエイターが生まれ、育ちながらも
圧倒的な技術と才能を持った職人たちが奏でる音楽も
これまで通り多く生み出されるのは理想的だ。

両者が新しいサウンドに挑戦し、視聴者はハッとするような音楽を次々と楽しめる。
そんな時代が来たら、これから先も豊かな音楽文化を繋げることができるはずだ。》←A

プロですら多くの音楽番組では
カラオケで歌唱しているこの時代に
上記Aの《 》内の事柄を成就するためには
かなりの手間も費用も掛かるけれども
ミュージシャンとのアンサンブルを歌唱の力に変えられるようなヴォーカリストを視聴者に選んでもらうには
この様な[上記Aの《 》内の事柄を成就できるプロセス]が必要不可欠であります。

歌が上手で、唯一無二の個性を備えるヴォーカリストが歌い
『優れた編曲や演奏が歌唱にさらなる輝きを与えるような価値観』を
視聴者の立場からも求めていく時代になれば
そう遠くない将来
《『個性的で新しいサウンド』や『唯一無二の個性を備えるヴォーカリスト』》が次々と生まれる時代がやって来るかもしれない。

確かに理想的な理論上では その様な見解が支持されると思う。
しかしながら 現実は甘くない。

潤沢な資金や時間を費やさなければ
大勢の才能が産まれにくい状況になって
《『個性的で新しいサウンド』や『唯一無二の個性を備えるヴォーカリスト』》も産まれにくい状況になって
素晴らしい作品も産まれにくい状況になる

《音楽業界の不況によって
制作予算が圧迫され、作曲家・編曲家・生の楽器演奏者・ミュージシャンなど
その道の優れた「職人」達を起用した作品の減少傾向は日々増加し続けている。》

さて
私の心配事を述べれば
《音楽業界の不況によって
制作予算が圧迫され、作曲家・編曲家・生の楽器演奏者・ミュージシャンなど
その道の優れた「職人」達を起用した作品の減少傾向は日々増加し続けている。》と云う現実が
明菜の歌唱活動に悪影響を与える事になってしまうのではないかと云う問題点であります
私の心配事が実現しないように祈っています

Ⅲ:最後に 誤解なきように 申し上げます

プロの歌手やプロの演奏者を目指す新人達(=もちろん 才能も情熱もある新人達=自分の才能を磨きつづける情熱がある新人達)は
音楽業界の不況と云う厳しい生存競争に晒されている
私達一般の日常生活だって 厳しい生存競争に晒されている

今すでにプロで活躍している歌手でも
音楽業界の不況によって
所属する製作会社から
制作予算が圧迫され
作曲家・編曲家・生の楽器演奏者・ミュージシャンなど
その道の優れた「職人」達を起用できる経済的余裕が徐々に減少しています。

わが歌姫明菜の歌唱は
作曲家・編曲家・作詞家・生の楽器演奏者・ミュージシャンなど
その道の優れた「職人」達によって支えられて来ました
《打ち込みでなければ出来ない独特の演奏》については
DTM(デスクトップミュージック=コンピューターの音源で作られるサウンド)で良いと考えます
しかしながら
制作予算の圧迫によって
なし崩し的にDTMが増加していくのは肯定できません
この様な現状は
全ての歌手にとっての課題になっていると考えます

私は
幼少の頃は
クラシックの生楽器演奏に馴染んでいて
青年の頃は
ジャズの生楽器演奏にも馴染むような環境にいましたので
DTMが奏でる音感に人間臭い音感を感じ取れなくて
DTMが奏でる音感に人肌の温もりが感じ取れなくて
DTMが奏でる音感は尖っていて
まるで
DTMが奏でる尖った音が
私の全身に突き刺さってくるように感じ取ってしまうのです

さて
私の記憶によれば
マニアックなクラシック音楽愛好者によって
《ショパンが当時に演奏していたピアノ》で演奏する《ショパンの曲を聴く》と云うイベントさえ企画されているのです

ちなみに
『DTMでオーケストラを鳴らしたいのですが、どのソフトを買ったらいいでしょうか?』と云う質問に対して
プロのクラシックの生楽器演奏者は次のように答えています
『音質を向上させるために、ソフトウェアや機材などを買い揃えて行くと、何十万何百万円の世界です。それだけ投資しても、生のオーケストラの音には届きません。』

【生楽器演奏の仕事が減少傾向にあります。】 (ある生楽器演奏者の告白)

近年の技術革新により、「生楽器で演奏して録音する」という機会が減ってきている。
簡単に言えば、「打ち込み」と呼ばれるDTM(デスクトップミュージック=コンピューターの音源で作られるサウンド)によって 生楽器で演奏する必要性が薄れてきているのだ。

◆レコーディングしなくなる5つの楽器とその順番(以下のメッセージは 楽器演奏当事者の告白です)

演奏(レコーディング)の仕事がなくなる"順番"というのもある程度予知されてて、
今回はバンドで馴染みのあるボーカル、ギター、ベース、ドラム、鍵盤の5つに触れようと思う。

1. ドラム
最初になくなるのがドラムである。

これは録音環境による問題と楽器の特性によるものだ。
音を出す環境、録音機材を揃えること、さらにドラムは録音が非常に大変な楽器だ。
そして、太鼓(打楽器)という特性上、ニュアンスの再現性、ドラム音源(素材)と実際に録音したものの差が出にくいのである。

2.ベース
次に影響あるのがベース。基本的に単音でしか弾かないという点が大きい。

私もベーシストな訳だけど、たまに『打ち込み』で作っといたほうが早いんじゃね?と思うこともある。(あるベーシストの告白)

3.鍵盤楽器[ピアノ・オルガン・ハープシコード(=グランド-ピアノを小さくしたような型の撥弦楽器で,
鍵に連動する爪が弦を弾(はじ)いて音を出す。)など,鍵盤をもった楽器の総称]

鍵盤楽器が弾けない人でも 『打ち込み』で創る人が多い。
ちなみに、鍵盤楽器を弾ける人は、作曲や打ち込み速度などのレベルがかなり良くなるので
『打ち込み』で創る場合も かなりの強みになるので 重宝されると思います。

4.ギター
これはまだまだ、打ち込みでの実用が現実的ではない楽器で、
アルペジオ(単音弾き)ならまだしも
コード弾きとなると まだ実用段階ではないと思います。

音ならどうにかなりそうなんですが、ギターって複数の弦を同時に弾くことが前提なんですよね。
多い時で最大6弦同時になります。ただ、これって全部一緒のタイミングで鳴ってるわけじゃありません。
上からストロークすれば6弦→5弦→4弦→3弦→2弦→1弦と、わずかながらも発音タイミングが違うわけです。
そのストロークの緩急でニュアンスもまったく違ってきます。しかも、それが下からのストロークもあることを考えれば、
ギターを打ち込みで再現するのが いかに大変か分かりますよね。

5.ボーカル
そして最後まで残るのがボーカル。

これはもう替えがきかないものです。まさに声(体)が楽器というわけです。
ここ数年はボーカロイドの人気も凄いのですが、私はこれを『ボーカロイドという歌手』と位置づけれるんじゃないかと考えています。

今後、『初音ミク』や『鏡音リン』などボカロデータのようなものを個人の声で誰でも作れるようになる時代は来ると思います。
それでも、キャラクターという要素も重要とされるボーカルは最後まで仕事がなくなることはないでしょう。

今回は録音(レコーディング)の話をしましたが、生楽器演奏の仕事は当然それだけじゃない。
バーやライブ会場での演奏、音楽教室などでの講師など普通の人が思っている以上にはある。
おそらく演奏の仕事が完全になくなるということはないだろう。
《しかし、仕事がなくなるほど 食べれる人は減り、食べれる人が少ないなら 目指す人も減るのは分かりきったことだ。》

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