中森明菜 応援メッセージ掲示板

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Re-birth~今の明菜さんに 伝えたいこと~ - 東 恭彦Mail (男性)

2020/11/30 (Mon) 02:02:41

【Re-birth~今の明菜さんに 伝えたいこと~】

Ⅰ~今の明菜さんに 伝えたいこと~
76歳爺は…
祈りを込めて
今の明菜さんに 
《私の想い》を 伝えます

自分を 責めないで!
どうか
貴方の《心内時計の針》を
『Re-birth』を歌ってた時間に 合わせて下さい

どうか
貴方の心の中で
『Re-birth』を歌って下さい
そうすれば
みずみずしい感情を取り戻せますから…

みずみずしい感情を取り戻すことが出来たとき
貴方は
きっと
自分の人生の物語を
自分の言葉で紡げるようになって
心が…軽くなって行きますよ!
夜明け前は 暗いけれども
明けない夜は ないのです!

貴方が歌唱する『Re-birth』には…
特に
貴方自身の『奥底の心情』そのものを
感じ取っていて…
私にとっては
冷静に
レビューを 書き綴ることが できません。
そんな訳で
このレビューについては
感じるままに
あふれ出るコトバを
書き付けることになって…
=あちこちに向かって
 さまようコトバに
 追いつけないよ=
と感じ取る方々も
存在するでしょうが…
どうか 御容赦ください!

Ⅱ:以下には
 [Re-birth(作曲:中土智博/作詞︰川江美奈子)]の全歌詞
  ①~㉘を 掲載します↓
①何度でも何度でも あなたを思うよ
②涙が枯れても ずっと あなたを思うよ
③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
④あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから

⑤目が覚めたなら ぜんぶ忘れて
⑥新しい私になれたらいいな
⑦そんなこと願ってても あなたは戻らない

⑧時が流れても 薄れはしない
⑨悲しみだって在るのだと云うこと
⑩ねぇ、誰にわかるでしょう?
⑪空を憎んでいた

⑫風に揺れるれんげの花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

⑮何度でも何度でも あなたを思うよ←①のRefrain
⑯涙が枯れても ずっと あなたを思うよ←②のRefrain
⑰生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
⑱あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

⑲今日いいことが ひとつあったわ
⑳友だちが大きな夢を叶えた
㉑自分のことのように とても嬉しかった

㉒“笑っていて” 遠い声が
㉓どこからか心を撫でていった気がした
㉔そうだね ふさいでたメロディ 目の前に 大空に いま解き放つ

㉕もう一度もう一度 あなたに逢えたら
㉖私が見てきたすべて あなたに話すよ
㉗生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
㉘あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

Ⅲ:私が感じ取った《Re-birthの奥底に流れているイメージ》を
   以下に述べます
    ~夜明け前は 暗いけれども 明けない夜は ない~

①何度でも何度でも 『あなた』を思うよ
②涙が枯れてもずっと 『あなた』を思うよ
③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
④『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから

㉕もう一度もう一度 『あなた』に逢えたら
㉖私が見てきたすべて 『あなた』に話すよ
㉗生きていく ただそれを 私は選ぶよ←③のRefrain
㉘『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから←④のRefrain

上述①②・「④=㉘」・㉕㉖の詞句にある『あなた』と云うコトバの解釈は…
受け取る人によって
さまざまな感じ方があると思います
明菜は…
ファンのことを指して歌っていると
感じる人もいるでしょうし
お世話になった人を指して歌っていると
感じる人もいるでしょうし
家族や愛した人を指して歌っていると
感じる人もいるでしょう
さて
私にとっては…
上述①②・「④=㉘」・㉕㉖の詞句にある『あなた』と云うコトバを
まるで
自分に向かって
語り掛けてくるコトバのように
感じてしまって…
私の涙腺も ゆるんで来ます
=懐かしの箱庭から 抜け出そう
 夢見ていた再生へと 抜け出そう=
と云うように
感じてしまって…
私の涙腺も ゆるんで来ます

上述①~③の詞句を観れば…
明菜が歌う歌詞に
思うよ
とか
選ぶよ
なんて…
『よ』の付くコトバが あるのは
珍しいですよね?
=⑲今日いいことが ひとつあったわ
 ⑳友だちが大きな夢を叶えた
 ㉑自分のことのように とても嬉しかった"=
=③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
 ④『あなた』に返せるものは 愛だけしかないのだから=
上述⑲~㉑・③~④の歌詞の中には…
《自分を取り巻く様々な不条理》に苦しみながら
嘆き悲しんでいた《かつての明菜》が
もう
いないようです
=③生きていく ただそれを 私は選ぶよ
 ④あなたに返せるものは 愛だけしかないのだから=
上述③④の歌世界は…
もちろん
かつての「難破船」「水に挿した花」「帰省 ~Never Forget~」や
カバーアルバム「歌姫」での《悲哀と寂寥に明け暮れる世界》とは 全く違う歌世界。
=『Re-birth』においては…
 自分を見つめ直し、
 自分で自分を癒すと云うようなWarldであり
 "地獄の業火に焼かれる悲劇のヒロイン・明菜=の物語は
もう完結したかのような歌世界。
『Re-birth』の私・明菜は、
自らの苦い経験を 表現・芸術に昇華して、
《聴衆を救済する天界の女神》に生まれ変わったのだと、
それこそが
『Re-birth』の私・明菜にとって 本当の意味での「再生」だったのだと、
優しく包み込むように 歌っています。

穏やかで優しい曲です。
明菜の優しい歌声が 心に染みて来ます。
特に『Re-birth』の優しい歌声には…
こわ張った心が 解きほぐされて
癒されてゆきます
《harpとviolinの音色》には
包み込むような演奏があり
シンプルなサウンド構成で
明菜の歌声が 強調されています

⑤目が覚めたなら ぜんぶ忘れて
⑥新しい私に なれたらいいな
⑦そんなこと願ってても あなたは戻らない

⑫風に揺れる“れんげ“の花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

=⑧時が流れても 薄れはしない
 ⑨悲しみだって在るのだと云うこと
 ⑩ねぇ、誰にわかるでしょう?
 ⑪空を憎んでいた=

かつての私・明菜には
上述⑧~⑪の詞句のように
《悲哀と寂寥に明け暮れるとき》がありました
けれども
この《悲哀と寂寥》とが
やがて美しい命の輝きへと
昇華されてゆくと云うような
Process(=時間の経過に伴って移り変わる過程)が
この『Re-birth』で 表現されているのです!

⑤目が覚めたなら ぜんぶ忘れて
⑥新しい私に なれたらいいな
⑦そんなこと願ってても あなたは戻らない

⑫風に揺れる“れんげ“の花
⑬あどけない面影を映しては消えるの
⑭お願い あと少しだけ そばにいて 歩き出す 私を見てて

⑲今日いいことが ひとつあったわ
⑳友だちが大きな夢を叶えた
㉑自分のことのように とても嬉しかった

㉒“笑っていて” 遠い声が
㉓どこからか 心を撫でていった気がした
㉔そうだね ふさいでたメロディ 目の前に 大空に いま解き放つ

上述⑤~⑦の詞句や
上述⑫~⑭の詞句や
上述⑲~㉑の詞句や
上述㉒~㉔の詞句などには

《思い切れぬ切ない未練》を
ありのままに 認めながらも
それは それとして
今の状況を冷静に受け取っており
それどころか
《Re-birthの奥底に流れているイメージ》を感じ取れば…
過ぎ去った過去については…
=良かったことは 良かったこととして
 記憶に留めておく=と思い切りながら
 『これからは 肩肘張らず
 素直に強く生きていこう』と云う方向へ向かって
 《前向きな意志的感情》が生まれていくような
 Process(=時間の経過に伴って移り変わる過程)が
 表現されているのです。

さて
Ⅰのプロローグの中で
私は…
=明菜が歌唱する『Re-birth』には
 特に
 明菜自身の『奥底の心情』そのものを
 感じ取っていて…
 私にとっては
 冷静に
 レビューを 書き綴ることが できません=と《予告》しました
それゆえに…
上述《予告》に沿って
以下のー ー内文面を述べることにします
ー明菜自身の視点から把握すれば…
 明菜自身が
 普段口にできない様々な思いを
 歌唱表現活動を通して発散することで
 《『過去や現在の悲しみの行き先』を見つけること》になって
 心の中の『わだかまり』が
 解消する方向へ向かうことになり
 究極的には
 心身を浄化させて欲しいと切望しています
 この『Re-birth』の歌唱表現が…
 明菜自身の心身を浄化させるStart(=出発点)になることを
 心底から 祈っています!
 『Re-birth』の優しい歌声を聴いていると
 私自身の《こわ張った心身》が解きほぐされて
 癒されてゆきます。
 そんな訳なので…
 私だけが癒されて
 歌唱する明菜自身が
 心身を浄化させるStart(=出発点)に なって頂かなければ
 私にとっては…
 くやしくて 耐えられない気持ちです!
 『夜明け前は 暗いけれども
  明けない夜は ない』と思って
 歌唱する明菜自身が
 心身を浄化させるStart(=出発点)になって頂けるように
 心底から 祈り続けますー

Ⅳ さて
  あなたは
  どんな想いを 抱いているでしょうか?

Re: Re-birth~今の明菜さんに 伝えたいこと~ - yasuhiko higasiMail (男性)

2021/07/31 (Sat) 15:01:29


●目次
 Ⅰ【芸術家肌の中森明菜】
   ~solitude timeで遊びませんか❓~
     魔女界の話 『夢のお告げ』 
   ~「solitude time」について~
   ~芸術家肌の明菜物語~
 Ⅱ【『La Vida』レビュー】
    ~明菜Warldは 感受性を育てる~
   
      *……………*……………*……………*

Ⅰ【芸術家肌の中森明菜】

▼プロローグ(1/2)
 ~魔女界の話を楽しんで下さい
   そうすれば きっと癒されます❣~

そもそも 魔女には
大別して ❶白魔女と❷黒魔女がいます
魔法で素敵に変身させて、
お城へ連れて行ってくれる魔女は、
❶白魔女です。
「魔女の宅急便」のキキは 白魔女です。

❶白魔女は、光を使って人々を癒します。
⇒白魔女明菜は 『歌姿の光』を使って 人々を癒します。
 自然の精霊や天使とも仲良しです。
⇒白魔女明菜は きっと『歌の天使』とも仲良しでしょうね。

❶白魔女は、クリスタル(鉱物の精霊)や
 アロマ(植物の精霊)を使うのが得意だったり、
 《*ヒーリング》が得意なのです。
⇒白魔女明菜は 『*歌姿のヒーリング』を使って 人々を癒します。
 ここで云う*ヒーリング(healing)とは…
 ー心身に働きかけて 生命力・自己治癒力を引き出し
   治癒・回復を促す活動。つまり 癒し。ーと云う意味です。

さて
私は 何故 《明菜》を
《❶白魔女である》と 呼びたいのでしょうか?
確かに《明菜》は
《自然の精霊》と仲良くなってて
《薬草》をぐつぐつ煮て 薬を作ったり
《クリスタル(鉱物の精霊)》や
《アロマ(植物の精霊)》を使用しているとまで
訴えることはしませんが…
私の《感受性の扉》は
私が眠ってる間 全開となっていて
以下の様な=『夢のお告げ』=を
受け取ることがあるのです。
信じるか信じないかは
あなた次第ですけれども…

《私が受け取った『夢のお告げ』》↓

=白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら…
 歌姿の魔法で
 心身に働きかけて
 癒しながら
 生命力を引き出す活動ーをしているのです=

=白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら
  『歌姿の光』を使って 人々を癒します。

 白魔女明菜はー『歌の天使』にも祈りながら…
 人間が余暇を楽しむために
 人間に対し
 〈効用性を超越した自律的な美〉と
 〈楽しい出来事・癒しの時間〉とを与えて
 人間が休息にさえ 倦怠感を抱くことを防ぎ
 人間の人生を 豊かにするのです。=

●斬新な表現は…多数派から生まれることがない 

 白魔女明菜は… 
 斬新な表現を目指して 
 日々を 生きています。
 だからこそ 
 その道は イバラの道であり 
 疲労困憊の度合が 計り知れないのです。
 私に出来ることは…
 歌の神様に…祈る事しかありません。
 白魔女明菜に…《『斬新な表現』が舞い降りて来ますように》と
 歌の神様に…祈る事しかありません。

▼プロローグ(2/2)
~「solitude time」は「loneliness time」ではない~
~*solitude timeの意識がなければ
      明菜の夢幻世界で遊べない❓~

プログレッシブ和英中辞典(第3版)の解説によれば…以下の❶❷が表示されます

❶solitude=〔独りでいること〕=solitudeは 自分の意志で独りでいることであり
 一般的には 寂しい気持ちを含まない意味で使用されるコトバ。
❷loneliness =〔独りぼっちで寂しいこと〕の意味で使用されるコトバ。

それゆえに 『SOLITUDE』の歌詞にあるような
➤Let's play in solitudeは
⇒Let's play in solitude time☟
(自分から積極的に選び取った)「ひとり」の時間を楽しんで下さい…
と云うような『意訳』が成立します。
❸:「solitude」のコトバの『真の意味』を述べれば…
「solitude」は「loneliness」ではなくて
 「solitude」は『一人でいることの寂しさ』ではなくて
「solitude」と云うコトバは…
 『一人でいることの喜びを表現するために創られたコトバ』です
「solitude」の『真の意味・目的』とは…
 雑念・雑音の世界から離れて 静かになって
 本当の自分の感じを取り戻すことを意味します。
ですから「solitude」は
自己実現とつながっていますし
無限の広がりとも関係があります。

*ネガティブな側面の「ひとり」が
「ロンリネス(*loneliness)」だとすれば
《自分から積極的に選び取った「ひとり」》を、
ここでは区別して「ソリテュード(solitude)」と呼ぶことにします。
そして
《自分から積極的に選び取った「ひとり」時間》を
「ソリテュード・タイム(**solitude time)」と呼ぶことにします。

それゆえに 『SOLITUDE』の歌詞にある➤Let's play in solitudeは☟
⇒Let's play in solitude time☟
(自分から積極的に選び取った)「ひとり」の時間を楽しんで下さい…
と云うような『意訳』が成立します。

❹:私は なぜ上述❸のような 回りくどい解説を 述べたのでしょうか?
 ❸のように 「solitude」の『真の意味・目的』を理解して
  《⁂白魔女明菜》の『歌唱姿』を視聴すれば
  その感じ取る度合が深まって
  《⁂白魔女明菜》が歌う『歌唱姿』のイメージについて
  その『素晴らしさ』を
  より楽しく より深く味わえると思うからです

❺:私にとって…
 コトバを探究することは 歓びにつながります
 なぜ?
 私が好きな詩文を書き綴るには
 コトバが必要だからです
 私が好きな『⁂白魔女・明菜World』を
 このサイト内で伝えるにも
 コトバが必要だからです

❻:上述❶~❺を基盤にして 
《以下のー ー内のように書き綴ること》が出来ると考えます
ー《舞台上の明菜》が
 《⁂白魔女明菜》となり
 《仮想現実virtual realityの世界》で生きることが出来て
 《⁂白魔女明菜》が
 《火花散らす『仮想現実virtual realityの世界』》を創造できたのは…
 《舞台上の明菜》が 自分から積極的に選び取ったような
 『ひとりの時間=solitude time』の中で 
  夢中になれたからであります。ー
私事で申し訳ありませんが…
《自分から積極的に選び取った『ひとりの時間=solitude time』》の中で 
夢中になれたときは… 
このサイトに《⁂白魔女明菜World》を書き綴るコトバが
スムーズに舞い降りてきますね。
このような私の体験があるからこそ…
私は 以下の= =内の事柄を 訴えたくなるのです。
=『solitude』の『真の意味・目的』とは…
 雑念・雑音の世界から離れて 静かになって
 本当の自分の感じを取り戻すことを意味します。
 ですから『solitude time』は
 自己実現とつながっていますし
 無限の広がりとも関係があります。=

▼芸術家肌の明菜物語
 ~明菜は 
   まさに「自分のsolitude time」の中で 
            歌唱表現活動をしている~

あらかじめ 断って置きますが
もしも
気に障るコメントがありましたらば
どうか御容赦のほど。
私77歳老爺の勝手な見解ですから…

①明菜の歌唱の短所・長所

明菜の歌唱で、
強弱のコントラストが激しすぎる場合、
音割れを防ぐために、
強の部分に合わせると、
弱の部分では
何を言っているかさっぱり聞こえないということも発生しています。
強弱はむろん、歌詞の流れに沿っていた方がいいわけで、
おおむねそういう構成の作詞になっています。
逆にそれをやり過ぎると、
「聞こえない」が発生してしまうわけです。

「DESIRE」が明菜にとって一つの代表曲になっているのは、
尖った表現が全編にちりばめられていて、
弱の強調をやり過ぎていないからです。
彼女の力強いロングトーンが、
弱が強調されていないために、
強の中の強として印象付けられる構造になっています。

明菜のパフォーマンスは、
歌唱法・一挙手一投足・身のこなし
顔の表情・ダンス・衣装・照明・楽器編成など、
全てにわたって芸術的といっていいほど洗練されています。
細部にわたるまで明菜自身の意向が反映されていて、
完成度が高いステージを提供してきました。

②明菜は、なぜ芸術家肌の歌手なのか?&芸術家肌の歌手の宿命

私は、明菜自身が自らの感受性で受容できるような
『明菜ワールド』を歌で把握し、
歌で『再構築⇒表現⇒創造』しようとしているように見えます。
即ち、明菜は『唄=作品』を
自らの感受性で表現(=創造)する芸術家肌の歌手なのです。

明菜自身の感受性が素晴らしく冴えているときは、
素晴らしい唄を歌えるが、
そうでないときは、平凡な唄しか歌えない。
明菜みたいな芸術家肌の歌手は、
そのときの感受性の状態・体調の状態によって、
唄の出来不出来が極端になってしまう。
これは、芸術家肌の歌手の宿命。

感受性が素晴らしく冴えている状態が
365日続いていたら身が持たない。
たとえば、
明菜の感受性が素晴らしく冴えている状態が365日、
四六時中続いていたら、
それこそ、生身の明菜は
非現実の唄世界に行ってしまって、
この現実の世界に戻れなくなってしまうのだ。

芸術家のなかで、
作品と現実の区別がなくなって、
あの世(=自分が描いた作品世界)に旅立ってしまい、
この現実の世界に戻れなくなってしまう人は、
感受性が素晴らしく冴えている状態が
365日、四六時中続いている人である。
こういった状況を指して、
天才(=感受性がありすぎる人)と狂人は紙一重であると、
云うのではありませんか?

感受性がありすぎる人は、
その感受性を上手にコントロールしないと、
非現実の世界に行ってしまって、
この現実の世界に戻れなくなってしまう危険性があるのだ。

③明菜の場合、唄を歌うことで、
感受性がありすぎる状態を上手にコントロール出来れば、
プラス思考になる(=私の提言)

なぜ 私は そんな風に考えているのでしょうか?
老爺の私は…
高校生の頃、過激すぎる感受性の状態が365日、
四六時中続いていたために、心の病に陥った時
『とにかく自分の好きな事を見つけて、
それに身を委ねなさい』と云うような
精神科医のアドバイスがあり、
なんとか心の病から脱出できた体験があるからです。
具体的に申し上げれば
私の場合、
詩作することで、
その過激すぎる感受性を
上手にコントロール出来た体験があるからです。

それ故に、
明菜の場合も、唄を歌うことで、
過激すぎる感受性の状態を上手にコントロール出来れば、
プラス思考になるのではないかと推察します。
④明菜の場合、唄を歌うことで、
過激すぎる感受性の状態を上手にコントロール出来れば、プラス思考になる。
『プラス思考になるためには、何が必要なのか?』
その心象世界を心理学的に分析して説明することにします。

唄を歌うことで、
過激すぎる感受性の状態を上手にコントロールするためには、
何が必要なのか?…
と云う質問に対する『一つの解答』を、
これから述べることにします。

私は自称老詩人なので、
私が詩作と云う自身の内面の表現活動において味わうような
《カタルシスの体験=内面に潜む鬱積(うっせき)した感情を浄化する体験》と、
明菜の唄表現活動において味わうような
《カタルシスの体験=内面に潜む鬱積(うっせき)した感情を浄化する体験》とが
一致していると云う視点から、
以下の提言を述べております。
つまり、表現者の内面世界の視点から、
以下の提言を述べております。

⑤唄が明菜さんを救い、唄が私達も救う

アルバムFIXER全体における明菜さんは、
『今まで自分の内面に鬱積(うっせき)していた感情』を、
唄で表現することによって、『カタルシスの体験』をしたと思います。

すなわち、
『内面に潜む抑圧された感情』を
『唄表現で明菜さんが明確に認知する』ことで、
明菜さん自身が
『鬱積(うっせき)した感情を明確に唄で表現すること』になって、
明菜さん自身も、
『鬱積(うっせき)した感情を浄化する体験(=カタルシスの体験)』が出来たと思うのです。

即ち、『カタルシスの体験』が
『唄で表現する喜び』を産み出すことになる訳です。
唄で表現するプロセスの中で、
『カタルシスの体験』をしたからこそ、
『唄で表現する喜び』を獲得出来る訳であります。

表現するプロセスの中で、
『カタルシスの体験を味わえる時間』が長ければ長いほど、
『表現する喜び』が長く続いて、素晴らしい表現も長く続く訳である。

『カタルシスの体験』が明菜さんに憑依した時、
明菜さんは唄の世界に没入し、唄の登場人物になり切って、
唄の登場人物を演じながら、唄を歌い上げる。

しかしながら、唄の登場人物になり切りすぎると、
現実の唄表現世界に戻れなくなって、
涙で声が出なくなってしまう。
それに感動する人もいるが、
これは、表現の不思議さと云うものである。

たとえ唄の登場人物になり切っても、
程よいところで、現実の唄表現世界に戻る事が出来れば、
涙で声が出なくなってしまうことがない。

明菜さんも、年齢を重ねるに従って、
涙で声が出なくなってしまうことが、少なくなった。
けれども、
唄の登場人物になり切って歌うからこそ、
明菜さんの歌う姿に感動する訳である。
唄の登場人物になり切って歌う姿があったからこそ、
美空ひばりにも感動していた。
私の知る範囲では、このような歌手が少なくなっている。

▼アルバムFIXER全体の『カタルシスの体験』は、
耽美的感動だけでなく、
生身の人間の生き様とか、
身近な生活体験とか、
人間の温もりとかの感動が含まれています。

いわゆる、悟りきった人だったら、
耽美的感動だけで満足できると思いますが、
私は悟りきった人ではないので、
どうしても、アルバムFIXER全体に、心惹かれるのであります。

そこで、鑑賞者の私の場合も、
アルバムFIXER全体を聴き終わった時、
上記の様な体験をして、はからずも、老爺の目に涙となってしまうのです。
すなわち、
『鬱積(うっせき)した感情を浄化する体験(=カタルシスの体験)』をして、
はからずも、老爺の目に涙となってしまうのです。

⑥アルバムFIXER全体を聴き終わった後で、
言葉が突然に降ってきた…
↑(この内容は、このコーナーで既述したものですが、
 どうしても説明の都合上、必要不可欠なので、再掲載します)

誰も信じないと思いますが、
私に向かって、言葉が突然に降ってくることがあります。
この現象は、夢の中で発生することが多いのです。
その時は、目覚めてから、慌てて、メモ用紙に走り書きをします。
それから、走り書きの内容を確認して、
清書しながら、その内容の発信源を決定します。

アルバムFIXER全体を聴き終わった後で、
突然に降ってきた言葉を、
以下に書き記すことにしました。
発信源は明菜さんであると、確信しました。
こんなことは、ここでしか打ち明けることが出来ません。
他で打ち明けると、変人・奇人のあつかいをされるから。

〈明菜さんからの伝言〉

汚れてしまった悲しみに
冷たい風が 吹き付けて
死にたいと思った時も
ありました

それでも
必死に 歌っていたら
唄が
私を照らす光になりました
唄が
闇の中で輝きました

辛いことが
あったけれど
歌っていて
本当に良かったよ

だから
みんなも
くじけないで
二度とない人生だから

⑦私の溢れる想い
~明菜自身が
『上述〈明菜さんからの伝言〉のような』心境になれれば、
 明菜自身もプラス思考になる~

書き綴るうちに、
私自身が、
『非現実の世界=自分の詩世界』に行ってしまって、
この現実の世界に戻れなくなるので、
気を取り直して、《私の溢れる想い》を述べますと、
結局のところ、
明菜自身が『上述〈明菜さんからの伝言〉のような心境』になれれば、
明菜自身もプラス思考になります。

私としては、
『明菜さんがプラス思考になりますように』と
祈るしかないのです。

Ⅱ【『La Vida』レビュー】
  ~明菜Warldは 感受性を育てる~

 2015年12月30日リリース・スタジオ・オリジナルアルバム
 『FIXER(CD)』収録曲『⁂La Vida(=「人生」と云う意味に解釈)
 (作詞:izumi 作曲:*koshin  編曲:koshin, *沖仁)』レビュー↓
 ⁂「La Vida」 参加ミュージシャン は
 以下❶❷です。
 ⇒❶フラメンコギター: 沖仁
  ❷パルマ(=フラメンコの手拍子): 沖仁、石塚隆充、ホセ・コロン

ちなみに
 *作曲:koshin=(コシン、1983年7月22日 - )は、
  中華人民共和国上海市出身の音楽プロデューサー、 作曲家、編曲家。
  本名は胡臻(読み同じ)。
 *沖仁=(おき じん、1974年9月3日 - )は、
  日本のフラメンコギター奏者。神奈川県在住。
  2010年、3大フラメンコギターコンクールの一つであるムルシア
  “ニーニョ・リカルド”フラメンコギター国際コンクールにおいて、
  日本人で初めて優勝した。

Ⅰ:プロローグ
(1)「私の前世は スペイン人かも…」と云う明菜
 私がYouTubeで
 スペイン旅行の様子を視聴したとき
 明菜は…
 現地の稽古場で
 現地のフラメンコを
 体験したり
 現地のタブラオ(=フラメンコショーが毎晩行われる酒場)で
 現地のフラメンコを
 鑑賞したりして
 本当に楽しんでいました。
 このスペイン旅行番組を視聴していると…
 明菜が
 「私の前世は スペイン人かも…」と
 語っていたコトバに
 Realさを 感じてしまいます。
《私の明菜に対する感触》を云えば
 明菜姫自身が…
 特に
 フラメンコの歌と踊りを通して
 自分の情念を揺さぶられ
 自分の情念が解放される感じを
 味わっているのでないかとさえ
 感じ取っていて…
 それゆえに
 明菜自身が
 現地の⁂フラメンコを
 本当に楽しむ姿にも…
 Realさを 感じてしまいます。

(2)⁂フラメンコが生まれた背景&明菜姫がフラメンコを愛する理由
 ちなみに
 長い迫害と差別の中で生まれた《ロマ族の叫びや嘆き》は、
 歌や踊り、音楽となり、
 スペインを代表する《舞踊芸術⁂フラメンコ》へと昇華されました。
*否定的感情(=negative feelings)から生まれた芸術には、
 観る者を圧倒する強い力がありますよね?

 私は
 2019/02/05 (Tue)に
 『雨月』レビューの中で
 以下の= =内文面❶❷を既述しました。
 =⇒私にしてみれば 明菜の場合…
 ❶:*否定的感情とは…『不安・切なさ・はがゆさ・恐れ・緊張・ストレスなど』によって 
 《怒りの感情でなく…情念の叫びや哀しみが発生する心的状態》を指しています。

 ❷*人間に特有の「意図的感情」の説明を述べれば…
  人間が、《❶否定的感情》を抑制・克服し、
  《「肯定的感情(快・安心・喜び)」の永続化(幸福)》を
   求めて 
  《夢や希望》を感じ、
  《欲求充足を求める意図》や《意欲の感情》は、
   人間に特有の「意図的感情」として 
   位置づけされています。

私の見解を以下に述べれば
 明菜自身が
 かつて
 はからずも 
 望みもしない《上述❶:*否定的感情》を
 体験していて
 明菜自身の《上述❶:*否定的感情》と云うような
 『いままで記憶された感情』が
 《舞踊芸術⁂フラメンコ》の*否定的感情(=negative feelings)に
 共感的な理解を感じ取ったからこそ
 明菜自身が…
 特に
 フラメンコの歌と踊りを通して
 自分の情念を揺さぶられ
 自分の情念が解放される感じを
 味わっているのでないかとさえ
 考えているのです

さて
私は
 『La Vida』の歌唱・歌詞の中に
 上述❷「意図的感情」を感じ取っているけれども…
なぜ 
私は❷「意図的感情」を感じ取っているのか?
 その理由については
 順を追って 記述しますから
 御多忙中とは思いますが
 どうか最後まで
 私のレビューに お付き合いの程…
 よろしくお願い致します。

Ⅱ:以下には
  『La Vida(=「人生」と云う意味に解釈)
  (作詞:izumi 作曲:koshin 編曲 koshin / 沖 仁)』    
  の全歌詞①~㊸を 掲載します↓

→以下の内容は 歌詞の解釈です

①月はひとり泣いていた
②涙の川は凍って
③空の星は 鏡の中 囚われたまま

①~③
→まるで 月が泣いていると感じるほどに
 悲しい気持ちに なっていて…
 流す涙は凍りつき 
 流す涙で
 「苦悩」を 洗い流すことも出来ず  
 鏡の中に囚われたままの星の光は 
 私に届かないのです(→*否定的感情)

④闇は永遠の顔で
⑤私は水底にいた
⑥手を伸ばして 愛を泣いた
⑦ただ、孤独(ひとり)だった

④~⑦
→闇は永遠に続いているようで
 私は
  凍り付いた涙の川の水底にいました
  水底から手を伸ばしても
  届かない愛を感じ取って
  泣いていました
 私は
  本当に 孤独でした(→*否定的感情)

⑧そう、眠るように 生きてゆけるのなら 楽でしょう
⑨でも魂が 私に歌うの
⑩Oh, la vida, la vida, bailar mas
⑪砂に足をとられても
⑫夢見た過去に別れ告げ
⑬今を踊りなさい

⑧~⑬
→確かに…
 眠るように 生きてゆけるのなら
 楽でしょう!
 でも 
 私の震える魂が 
 歌うように 私へ訴えてくるのです
私の震える魂が
 訴えてきたコトバは…
=Oh~この「人生」…もっと踊ろうよ!
  砂に足をとられても
  夢見た過去に 別れ告げ
  生きてる今を 踊りなさい=と云うコトバです

⑭Lala la vida, la vida, bailar mas
⑮運命の声が聴こえる
⑯不思議なほどに怖くはないわ
⑰ああ 生きるの

⑭~⑰
→だから私の耳には
 この「人生」…もっと踊ろうよ…と云うような
 運命の声が聴こえてきて…
 不思議なほどに怖くはない…と云う気持ちになって
 生きる…と云う気持ちも湧いてきます


⑱地図があると信じてた
⑲辿るべき星があると
⑳いいえ、光は 足跡から こぼれ出すもの

⑱~⑳
→いままで
 地図があると信じていて
 辿るべき星があると考えていたけれども
そうではなくて
 光は 足跡から こぼれ落ちていくものだと知りました

㉑あのとき別の愛し方 していればと泣くのはもう 終わりにした
㉒歌いましょう 今 この命を

㉑~㉒
→だから…
 あのとき別の愛し方 していればと 
 泣くのは もう 終わりにして
とにかく今は…
 生きてるこの命を 歌いましょう ! 

㉓ああ、傷つかないで 生きてゆけるのなら楽でしょう
㉔でも魂が 私を揺らすの

㉓~㉔
→傷つかないで 生きてゆけるのなら 
 確かに楽でしょう
けれども 
 魂が 私を揺らすのです!

㉖命燃やし生きる運命(さだめ)
㉗これが私よ 空仰ぎ
㉘ありのまま踊るの

㉖~㉘
→それ故に
私は…
 Oh~この「人生」…もっと踊ろうよ!…と歌いながら
 これが
 命燃やし生きる運命(さだめ)だと思って
 これが
 私よと 空を仰ぎ
 ありのまま 踊るのです

㉙Lala la vida, la vida, bailar mas
㉚大地の歌が聴こえる
㉛この体から旅立つ日まで
㉜ああ 輝け

㉙~㉜
→この「人生」…もっと踊ろうよ!…と歌っていると…
 大地から《命を震わす歌》が 聴こえてきます
 この体から 
 夢見た過去の未練が消えてしまう日まで…
 私の命が輝きますように!…と祈っています!
なお
 ㉛《⁂旅立つ》=過去の未練が 消えてしまう状態と解釈。

㉝この胸に走る 幾千の傷
㉞生き抜いた誇りが 自由をくれた

㉝~㉞
→この胸に走る幾千の傷があったけれど
 生き抜いた誇りが 自由をくれました!

㉟Oh, la vida, la vida, bailar mas
㊱砂に足をとられても
㊲夢見た過去に別れ告げ
㊳今を踊りましょう

㊴Lala la vida, la vida, bailar mas
㊵運命の声が聴こえる
㊶不思議なほどに怖くはないわ
㊷ああ 生きるの
㊸この 命を

さて
『La Vida』全体歌詞の中で
上述㉟~㊸までの詞句には…
=《❶否定的感情》を抑制・克服し、
  《「肯定的感情(快・安心・喜び)」の永続化(幸福)》を求めながら 
  《夢や希望》へと向かうような  
  《欲求充足を求める意図》や《意欲の感情》が溢れています。
  それゆえに  
  上述㉟~㊸までの詞句は…
  『意図的感情の表現』である=と感じ取っています。 

Re: Re-birth~今の明菜さんに 伝えたいこと~ - yasuhiko higasiMail (男性)

2021/08/05 (Thu) 22:41:31

【ナマの五感が喜びを生む】『あの夏の日』レビュー

●前口上

私たちの身体全体が
生(ナマ)の体感を
渇望しています

コロナ禍の状況で
「非接触」な世界が増加するほど
五感で感じることが
純金のように
貴重なものになる

『あの夏の日』の《日本の原風景》と
『あの夏の日』の心象風景とを
純金のように貴重な
生(ナマ)の五感で
感じ取って下さい❣

●『あの夏の日(作詞:エリコ、作曲:市川 淳)』レビュー
 《YouTube上の不识明菜枉英雄チャンネル・4KPV歌唱動画映像》
~ナマの五感が 喜びを生む~
 
 ▼目次
 
 Ⅰ~『あの夏の日』の撮影地&
  《あの夏の日 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)》や
  《4KPV歌唱動画映像》の背景~
 
 Ⅱ~《YouTube上の不识明菜枉英雄チャンネル・4KPV動画映像》における
  『あの夏の日(作詞:エリコ、作曲:市川 淳)』歌唱全歌詞~
 Ⅲ~歌う姿のイメージ・歌声のイメージ~
  &~《あの夏の日 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)》の
     イメージ~
  &~《歌唱時の舞台装置全体イメージ》と《hairstyle/makeup》~
  &~明菜の『情感・夢幻World』は 空に向かって飛翔する~
 Ⅳよみがえる私の想い出
 Ⅴエピローグ(1/2)「あの夏の日」創作プロセス
 Ⅵエピローグ(2/2)「あの夏の日」全体の感想

Ⅰ~『あの夏の日』の撮影地&
 《 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)》や
 《4KPV歌唱動画映像》の背景~

▼『あの夏の日』promotion videoの撮影地について
 ネットで検索すれば
 =以下の説明=が掲載されています。
 =『あの夏の日』の《4KPV動画歌唱映像》の撮影地は
  沖縄県本部町の⁂カフェ花人逢(=かじんほう)です。
  ⁂カフェ花人逢(=かじんほう)は
  《小高い丘の上》にあって
  自然豊かな場所であり
  海や山のキレイな風景や
  澄み切った空気を味わうことができます。=

▼『あの夏の日』 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)
 については
 編集Staffの意図が
 かなり多めに反映されていると思いますが
 『あの夏の日』の《4KPV歌唱動画映像》についても
 きっと
 明菜の意図が
 かなり多めに反映されていると思います。

Ⅱ~《YouTube上の不识明菜枉英雄チャンネル・4KPV動画映像》における
  『あの夏の日(作詞:エリコ、作曲:市川 淳)』歌唱全歌詞~
▼以下①~㊺が 歌唱全歌詞です。

★まず《前奏》が演奏されます

①見上げる空にふわりと
②流れる風の香りは
③夏の日の残り香たち
④かすかにただよわせるの

⑤はるかに遠く遠く 季節はうつろい
⑥遠い遠い 過去になる

⑦あなたが居た あの夏の日
⑧空に咲く花火
⑨散っていく 想い出とも
⑩あなたと観た 夏の星座
⑪夜空を彩る
⑫忘れない 隣にいた
⑬あなたの声

⑭変わりゆく季節
⑮変われない想い
⑯ずっと ずっと 永遠に

★ここで《間奏》が演奏されます

⑰色あせるモノクローム
⑱閉じ込めた真夏の空
⑲赤焼けた思い出たち
⑳も一度胸を焦がすの

㉑しずかにそっとそっと 月日は満たされ
㉒深く深く 刻まれる

㉓あなたが居た あの夏の日
㉔校舎のらくがき
㉕消えてゆく 想い出とも
㉖あなたと観た 海のあおさ
㉗胸をやきつくす
㉘忘れない 波打ち際
㉙手のぬくもり

㉚過ぎてゆく出会い
㉛変われない想い
㉜ずっとずっと今も

さて
《上記の前奏&間奏のメロディー》は同じですが
★《ここで演奏される間奏》について述べれば…
 《上記の前奏&間奏》とは 《違うメロディー》で
 少し強めに 少し長めに
 演奏されています
 《そのような間奏の演奏》は…
 次の歌唱が始まる時点から
 『あの夏の日』の歌の《クライマックス》が
 《せまって来ること》を
 《あらかじめ予感させる効果》に
 なっているのです!

㉝あなたが居た あの夏の日
☆㉞空に咲く花火
⁂㉟舞い上れ 想い出たち
㊱あなたと観た 夏の星座
㊲夜空を彩る
㊳忘れない 隣でみた
㊴あの日の夢
↑☆「㉞空に咲く花火」のフレーズを
 歌い始める頃から 目が潤み始めて
⁂「㉟舞い上れ 想い出たち」のフレーズを歌い始めると
 明菜の涙が あふれ出して
 《一筋の涙》が
 *頬を伝って 流れ落ちます
けれども
 *頬を伝って 《流れ落ちる涙》は
 そのままにして…
 あふれる情感を込めて 歌い続けます

㊵変わりゆく季節
㊶変われない想い
㊷ずっと ずっと 永遠に

㊸あの夏の軌跡
㊹変わらない想い
㊺ずっと ずっと 今へ

★歌い終わると
 《終奏》が演奏されます
  《終奏》は…
   《前奏》や
   《=⑯ずっと ずっと 永遠に=の後の間奏》と
   同じメロディーで演奏されます

Ⅲ~歌う姿のイメージ・歌声のイメージ~
 &~《 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)》のイメージ~
 &~《歌唱時の舞台装置全体イメージ》と《hairstyle/makeup》~
 &~明菜姫の『情感・夢幻World』は 空に向かって飛翔する~

▼~歌う姿のイメージ・歌声のイメージ~

明菜は
和服姿で
想い出に耽りながら…
座敷の外側に設置した《細長い板敷きの縁側》に
ゆったりと横座りしている状況の中で…
《庭の野花》を両手で持ったり
時には
ウチワも 片手で持ったり
夕焼け空や
時折揚がる花火や
打ち寄せる波や
《波打ち際の景色》や
瓦ぶき屋根の
軒下の瓦から
《庭の野花》に滴り落ちる雨脚や
綺麗な風車が 縁側で回る景色や
軒下にある風鈴の景色など
そのような《懐かしい風景たち》が
過ぎ行く時の流れの中で
走馬燈のように
蘇って来たりして…
まるで
《日本の原風景》を
そのまま 観ている感覚になりました

▼~《あの夏の日 P.V. making 映像(2021/06/27にYOUTUBE配信発見)》のイメージ
 &《歌唱時の舞台装置全体イメージ》と《hairstyle/makeup》~

明菜の《hairstyle》は
余計な髪飾りもなく
素朴で シンプルなので
そんな《hairstyle》で歌う明菜姫には…
《純粋な心情で歌うイメージ》が
感じ取れます。
そんな《hairstyle》に合わせて
《makeup》も 薄化粧なので
そんな《薄化粧》で歌う明菜姫にも…
《純粋な心情で歌うイメージ》が
感じ取れます。

和服や帯など
《⁂『あの夏の日』の作品に合う衣裳》を選んでいて
ウチワ、風鈴、風車、《庭の野花》など
小物類を配置しています。
明菜が歌う場面は
正面からではなく
斜め前や 斜め後ろのアップで 撮影していて
ベストタイミングに
《夕立や 夕焼けのシーン》を差し入れます。
日本の夏の《美しい風景》と
《美しい明菜姫》とによって
映像画面の《Contrast効果》を
目指しているのでしょうか?

明菜が
撮影スタッフと 会話しながら
お茶目に おどけているので
気持ちが なごみます
おじいちゃんと おばあちゃんの人形を
ポンポン…さわったり
《庭の野花》で
遊んだりしているのも
気持ちが なごみます

歌唱する場面になると…
《撮影スタッフの注文》に応じて
真剣に ポーズを取ったりしながらも
歌唱する《歌のフレーズ》が含む情感を
表現するために
《顔の表情》も
繊細に変わっていって…
そんな《変わりゆく顔の表情》と
《歌唱する声》の《変わりゆく情感表現》とが
ひとつに 溶け合っているので
明菜の歌唱姿に
感動しています!
そんな《変わりゆく顔の表情》を見ていると
あらためて
明菜の《素晴らしい女優の才能》にも
感動する訳です

さて
私は なぜ
和服や帯など
《⁂『あの夏の日』の作品に合う衣裳》を選んでいると
云ったのでしょうか?
私の《貧弱な色彩感覚》によれば
明菜の《和服の色》は
《⁂深紫(こきむらさき)色=黒みがかった・濃い紫色》であると
感じ取っています。

ちなみに
色彩心理学によれば
⁂深紫(こきむらさき)色は
精神世界に
夢幻的イメージを創り出す効果があります。

それゆえに…
上述の説明文面によって 
私の見解を述べれば…
⁂深紫(こきむらさき)色は
☆《『情感・夢幻World』を表現するイメージ》があって…
その《『情感・夢幻World』を表現するイメージ》が
以下に述べるような
~明菜姫の『情感・夢幻World』は 空に向かって飛翔する~
と云うイメージに…繋がってゆくのです!

▼~明菜姫の『情感・夢幻World』は 空に向かって飛翔する~

『あの夏の日』全歌詞は…
記憶の底にいつまでも残っているような
《原風景》を表現していて
その《原風景》は
心の奥底に刻み込まれている心象風景であり
明菜が 『あの夏の日』を歌唱するプロセスには…
明菜自身の感情が ゆれ動いていて
明菜自身の情感が あふれ出ていて
まるで…
『あの夏の日』の《明菜・歌唱表現世界》が
『あの夏の日』の《歌詞世界》から飛び出して
自律した【一つの《明菜・『情感の夢幻World』》】が
空に向かって 飛翔するようなイメージを
感じ取っているのは…私だけでしょうか?

▼さて
 あなたは
 ⁂深紫(こきむらさき)色から
 どんなimageを 感じ取っていますか?


Ⅳよみがえる私の想い出

いつもは  
過去を振り返って
ノスタルジーに浸るタイプじゃないけれど
『あの夏の日』を視聴すると
ノスタルジーの感情が溢れ出して
⁂高校時代のことを思いだしてしまう
 私は高校時代
 急に文学少年になった
 そして
 『ある女性』を思い出す
 『ある女性』と云っても
 《初恋の女性》ではない

 私は
 高校2年生のとき 
 文芸部へ入部していて
 《詩と散文が入り混じった短編小説》を
 文芸部が発行する校内文芸誌に発表して
 作家気取りになり
 有頂天になっていた
 当時その『ある女性』は
 私が入部した文芸部を統率する責任者であり
 文芸部の部長であった

いつもは
 過去を振り返って
 ノスタルジーに浸るタイプじゃないけれども
 この曲『あの夏の日』を聴くと
夏のある一日の、
 何気ない、一コマ、
 何気ない、会話など…
 たとえば
 文芸部の仲間たちと
 《小説や詩や人生》について
 《色々と語り合った情景》が溢れだして
 《懐かしいノスタルジーの感情》が蘇ってくるのです
  長々と私事を書き綴った箇所については…
  どうか御容赦のほど。
  白魔女明菜が歌う《『あの夏の日』のhealing魔法の力》によって
  はからずも 長々と私事を書き綴ってしまいました!

Ⅴエピローグ(1/2)『あの夏の日』創作プロセス

『あの夏の日』の作曲をされた、市川淳さんのサイト・BBSより
『あの夏の日』創作プロセス 2007/05/01(Tue)記録を
「保存」の意味をこめて、以下に転載します。

この曲は まずピアノだけで 簡単にメロディがありまして、
それを 仲間内で詞をつけて 
仮ボーカル(=本編でもコーラスを担当してもらっているシンガーの仮ボーカル)を録って
《ピアノと歌だけの状態》で作ってありました。
《その状態で出来上がっていた》のが 1~2年前でしょうか。

《そのデモ曲》を ひょんなことから明菜さん本人が耳にして
大変気に入っていただいて、
そのまま 編曲やレコーディングも 希望通りにやらせていただきました。
《デモ曲の管理》は 全て事務所に任せているので
明菜さんの耳に届いた細かい経緯について云えば
僕は 把握していませんが、
ご本人からずいぶん気に入っていただけたと云うように聞いています。

Ⅵエピローグ(2/2)「あの夏の日」全体の感想

★私(higasi)は
この曲を聞いていると
《自分の過ぎ去った時間への想い》などが懐かしく思い出され、
そんな《過ぎ去った時間の儚さ》を
全体に流れる心優しいメロディが
中和してくれるような気がして…
とても心が安らぎます
舞いあがれ 想い出たち♪…の箇所と
さらに サビが来るあたりの静かな盛り上がりが
「夏の想い出」としては
ベタな歌詞であっても…
全体に流れる心優しいメロディになっていると思います。

★明菜の歌と云うのは…
基本的に 
私(higasi)が住む世界とは 
ほとんど かけ離れた世界に
創造される世界であって、
その世界に引き込まれ、
その中での感動だったり
癒しだったり躍動だったり、
そういう歌の表現方法である…と思うのです。
でも
「あの夏の日」の歌は…
歌の方が こちら側の世界に近寄ってきて、
スルリと自然に私の心へと入って来る。
そんな感じがします。
明菜の歌声が 
ふわっ~と 優しく包み込んで来るのです。

★「あの夏の日」の曲調自体は…
「軽め系」の方。確かに従来の明菜っぽくない。
この歌の主人公は、
「悲しい」「会いたい」「恋しい」とは
一言も言っていない。
それだからこそ、
我々(視聴者)は、想像を
めぐらせてしまう。
「変わらない想い、って どんなモノ?」と。
パステルの風景画のような、
ぼんやりと写る「幻灯機」のような
美しい思い出の描写…
繊細に織られた『心象風景』のような歌詞を
明菜は、語るように唄う。
つぶやくように唄う。
時に 強く自問するように唄う。
2003年のバラード・アルバム「I HOPE SO」でも
さまざまな種類のバラードを唄ったけれど、
「あの夏の日」は 1つ新しい世界へ行った印象。
こう云う歌って、第一印象は「弱い」けれど、
ジワジワと心に染み込む曲なんです。
思い出は 時に、ほろ苦くて 切ないけれど
いつも温かくて 美しい。
この時41歳の明菜だからこそ 
唄える歌詞の歌ですね。
「あの夏の日」の歌を聴いて、
自分まで遠い過去に想いを馳せました。

▼さて
 あなたには
 懐かしい想い出が
 よみがえりましたか❓

Re: Re-birth~今の明菜さんに 伝えたいこと~ - yasuhiko higasiMail (男性)

2021/08/15 (Sun) 23:38:17

●プロローグ~愛の苗床~

きっと
夢幻世界は
豊かな感受性を育てる

きっと
豊かな感受性が
愛の感度を高める

ヒトは
きっと愛の中で生まれ
愛を求め
愛の中に生きる存在

●目次
 【Ⅰ】『月華』レビュー~斬新な性愛夢幻world~
 【Ⅱ】『桜(びやく)』レビュー~めくるめく性愛の官能的world~
 【Ⅲ】『雪の花~White X'Mas ~』レビュー~《⁂Gospel song》❓~


【Ⅰ】『月華』レビュー~斬新な性愛夢幻world~

[1995年12月16日TRUE LIVE(DVD)]において
私が 《『月華』の歌唱姿に感動した理由》を述べれば・・・
このLIVEで歌唱する『月華』の歌詞の中には
ー「抱きしめて夢を見せて」 (最後まで---)
 「抱きしめて愛にふれて」 (狂おしくーーー)ーのように
(最後まで---)・(狂おしくーーー)と
 『合いの手』(コーラス)が入っていて
 この唄の《性愛の溢れ出る情感》を
 ストレートに感受できるからです

『月華』の歌詞
ー抱きしめて 夢を見せて
 抱きしめて 愛にふれて
 さみしさに 夢を見せて
 ためいきで 愛にふれてーには
その性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》が
そのままに表現されています

▼さて 以下の事柄は・・・
前提条件として
男女間の恋愛について
述べています(ただし それ以外の恋愛風景を 否定はしません)
説明の都合上
男女間の恋愛に限定しました

私が知る限りにおいて
歌姫明菜のように
《性愛のプロセス》を 
《ありのまま 直接的に 表現する歌手》は
ほとんどいないと思います。
ほとんどの歌手は 
恋愛風景について 
間接的に歌っています。
そんな訳で
女性の場合
それら恋愛風景が進行すると
恋が愛になって、少女が母になる。
恋が愛になって、その次の過程に 絶対あるはずの《性愛》と云うのは
正面きって表現するのが かなり困難であると思います。
ほとんどのLove songを聴いてみれば…
恋が愛になって、
その次の過程に 絶対あるはずの《性愛》と云うのは 
正面きって表現せずに 
いわゆる《Platonic loveへと昇華するLove song》が多いと感じています
誤解しないで下さい…
私は決して
絶対あるはずの《性愛》と云うのを 
正面きって表現せずに 
《Platonic loveへと昇華するLove song》を 
否定する訳ではないのです
歌姫明菜のように
《性愛のプロセス》を 
《ありのまま 直接的に 表現する歌手》は
ほとんどいないと云いたいだけなんです。

例えば
《大人の男性》が
《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》を
歌姫明菜に歌わせているだけならば
多分きっと猥褻で、下卑た歌になるのだろうけれども、
決してそうはなっていない。
歌姫明菜は極めて主体的であり、
歌姫明菜の声は しっとりと、愛に溢れている。
だから、妖艶な表現をするけれども、
絶対卑猥にはならない。
むしろ時には
高貴で崇高にすら感じている。

《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》についても
歌姫明菜worldの奥底には
《唯美主義》の要素があり
《情感的美の世界》・《歌姿的美の世界》・《官能的美の世界》等を
感じ取っているけれど・・・
『腐敗した情熱の〈死にぎわの告白〉や
〈妄執のもたらす狂気寸前の幻覚〉』と云うような
デカダンスdécadenceの香りはしません。
何故か?

《性愛描写のプロセスを詳細に表現する歌》についても
歌姫明菜の歌唱表現の奥底には
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)
 ❷抒情性(リリシズム lyricism)
 ❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》などが
脈々と流れているからであります。
❶ポエジー poesy:詩の世界のもつ情趣。
 詩情(=詩のもつおもむき。また、詩的な味わい 。
 ⇒詩とは 人の心に訴え,心を清める作用をもつもの。)
❷明菜が歌う唄の《抒情性(リリシズム lyricism)》には
《切なさ・哀愁・哀しみ・失った愛・取り戻せぬ愛・零れ落ちる愛・や
 もどかしい求愛・もどかしい渇愛・愛の光や
 寄り添う愛・愛の吐息・愛の癒し 等の感情が
 入り乱れた胸に訴え掛ける直情的な深い情緒が伴うもの》が含まれています。
❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」
具体的に考えると、現在では どのようなものを「物のあはれ」なるものとしてみるのか。
散っている桜花。秋の夜。寂しいところにいる、恋人に逢えぬ一人。
「物のあはれ」とは何なのか。
一つに、「物のあはれ」は
平安時代のtaste―平安時代の美的判断の基準を表現する。
もう一つに、「物のあはれ」は 
主に恋―あるいは性愛表現による、思慕の感じか寂しい感じ、を表現する。
三つ目に、「物のあはれ」は 
時間の経過と それによる昔への憧憬を表現する。
この三つの要素から「物のあはれ」が成り立つ。

▼さて
《『月華』の歌唱姿》を 別の視点で書き綴れば… 
上述❸のなかで 
《主に恋―あるいは性愛表現による、思慕の感じか寂しい感じ》を中心に表現していて
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

《『月華』の歌唱姿》においては 
性愛の《恍惚(こうこつ)感》を
全身で感受したいと云う《必死な情念の叫び》が
そのままに表現されているけれども…
上述❷《抒情性(リリシズム lyricism)》も同時に感じ取っていて
《零れ落ちる愛・もどかしい求愛・もどかしい渇愛》も同時に感じ取っていて
それ故に
私は《愛の儚さ》も感じ取ってしまうのです

いずれにせよ
明菜は 
男女ともに感じ取れる《斬新な性愛夢幻world》を
歌唱表現で創造しています。
これは実を云うと とても凄いことではないでしょうか?
ともあれ、愛しあう過程として性愛がある。
愛ある性愛ゆえに その性愛は、 本源的に心地よく、素晴らしい。
歌姫明菜は 
男女ともに感じ取れる《斬新な性愛夢幻world》を
歌唱表現で創造しています。
これは《歌姫明菜だけが創造できる『斬新な性愛夢幻world⇒舞台上の表現世界』である》と考えています。

そもそも「愛撫」と云うタイトルをつけて
下世話な印象にならず、しかもヒットさせてしまうのは 
歌姫明菜のみである…と思います。

【Ⅱ】『桜(びやく)』レビュー~めくるめく性愛の官能的world~

▼プロローグ
『桜』を 『媚薬と云うコトバ』で隠喩表現したいので
『桜(びやく)』と云う『歌詞タイトル』になったと思います。
『桜(びやく)』の詞句に
ーこころ こころ 春は媚薬
 溶ける 叫ぶ 行きつ戻る
 夢と うつつ ここはどちら
 舞い踊るのは桜吹雪ーと云う詞句があるからです

▼以下は 私が感じ取った事柄を
私なりの詩文で書き綴りました
(歌詞内容の視点で 私が感じ取った事柄を 
 私なりの詩文で書き綴りました)↓

女主人公は桜を見ると
男性への性愛欲求が溢れ出して・・・
春は媚薬と呟き
春に舞い踊る桜吹雪は
媚薬となって
あきらめた恋を
よみがえらせて・・・
女心惑わす(男の?)細い指先を 思い出せば・・・
頬が染まります

夢に向かったり 現実に戻ったりして 
夢と現実の間で さまよいながら
ここは どちら?と さまよいながら
桜吹雪の中で
舞い踊っています

このように 辛いことだけを並べていると
《今も男を愛している自分》に
気づいてしまって…目が醒めてしまった…

それでも やはり…
夢に向かったり 現実に戻ったりして 
夢と現実の間で さまよいながら
ここは どちら?と さまよいながら
桜吹雪の中で
舞い踊っています

▼さて
以下に『桜(びやく)』の歌詞の要約を掲載します

ー薄紅色した 夢のなかで
 あの人は冷めた接吻をしてきた
 あきらめた恋がよみがえる

 わがままな人で 素直じゃない
 やさしさも下手で わたし毎日
 寂しさ飲み干していたのに

 こうして辛いことだけ並べて
 忘れたいほど今も愛している自分に
 気づいたとき目が醒めた

 こころ こころ 春は媚薬
 迷う 騒ぐ 疼きたがる
 熱い 夢に 息をついて
 窓を開ければ桜吹雪

 辛子色をした 一輪挿しは
 あの人にあげるはずのものだった
 なぞれば冷たさ心地いい

 女心惑わす翳りと
 細い指先を思い出して頬が染まる
 誘われてる幻に

 こころ こころ 春は媚薬
 溶ける 叫ぶ 行きつ戻る
 夢と うつつ ここはどちら
 舞い踊るのは桜吹雪ー

▼「桜(びやく)」(作詩 夏野芹子 作曲・編曲 U-ki) は 
1997年3月21日にMCAビクターよりリリースされたSHAKER (アルバム) (CD)の9曲目になっていて
この曲の参加ミュージシャンは 以下の通り。

 プログラミング、アザー・インストゥルメンツ… U-ki
 エレクトリック・ギター、アコースティック・ギター…Masato Yagi
*胡弓… 篠崎正嗣
*胡弓【こきゅう】=日本の擦弦楽器。三味線を小さくした形で、
 馬尾の弓で擦奏する。
  三弦と四弦の二種があるが 私には三弦か四弦かの判断はできません。
  聞えてくるその音色は哀感に富んでいる。
  中国や朝鮮の同類の楽器をさして 
  胡弓【こきゅう】と云うこともある。
  膝の間に狭んだ三味線に似た絃楽器を 
  馬の尾を張った弓で こするようにして奏される。
コーラス… 新倉芳美

▼私が レビューする『桜(びゃく)』は
《felicidad AKINA NAKAMORI LIVE '97》で
 歌唱される《セットリストの10曲目》です。

舞台上での演奏から
私が判断できたのは… 
『桜(びゃく)』で演奏される絃楽器を見た場合
膝の間に狭んだ三味線に似た絃楽器を 
馬の尾を張った弓で 
こするようにして演奏される胡弓(こきゅう)ではなく
バイオリンで演奏されていて…
聞えてくるその音色は 哀愁感が漂うものでした
私は念のために 
YouTubeで胡弓(こきゅう)の音色を視聴しましたが
私の聴覚では… 
このLIVEで演奏される《バイオリンの音色》と
《胡弓(こきゅう)の音色》との差は
ほとんど感じ取れませんでした。
このLIVEの《バイオリン奏者の技術》が素晴らしかったのでしょう!
私は 自分の音楽的聴覚に自惚れていますから
《このLIVEのバイオリン奏者の技術》が素晴らしかったために
《このLIVEで演奏されるバイオリンの音色と胡弓(こきゅう)の音色との差は
ほとんど感じ取れませんでした!》と言い放つことにしました!
どうか 皆さん 御容赦のほど…
私が唯一自惚ることができるのは 音楽的聴覚のみ!
まあ…趣味は道楽…人畜無害の範囲で自惚れていますから…
どうか 皆さん 御容赦のほど…

▼『桜(びゃく)』は
性愛を
《日本舞踊的歌姿の官能的美しさ》で表現していて…
《性愛の感覚的情感の波のうねり》が押し寄せて来て
《満たされる性愛の官能的陶酔感》を表現したり
《性愛の感覚的情感の波のうねり》が引いて行って
《満たされぬ性愛の官能的な渇き》を表現したりしていて…
視聴者を
《めくるめく性愛の官能的world》に誘い込んでいきます
でありますから…
視聴者・私の官能的感覚も掻き乱されて
官能的陶酔感を味わったり
官能的な渇きも味わったりして
動揺することもある訳ですが…このままだと
もちろん 私は明菜嫌いになるでしょうが
『桜(びゃく)』における明菜の表現は
《官能的表現だけに囚われている》と感じ取っていないので
明菜嫌いになることはないのです

▼『桜(びゃく)』における明菜の表現から感じ取った事柄を 
さらに詳細に述べれば…

《めくるめく性愛の官能的world》の奥底には
《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)
 ❷抒情性(リリシズム lyricism)
 ❸「物のあはれ」と云うような「日本人の美意識」》
も 脈々と流れていて…
上述の《❶ポエジーpoesy:詩情(詩的な味わい)
❷抒情性(リリシズム lyricism)
❸「物のあはれ」と云う「日本人の美意識」》は
歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る情感になっていて
⇒《曲と明菜の人間性が一体となって迫ってくる歌唱になっていて》
その『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
はかなくて 危うくて 美しくて
その『表情』や『眼差し』や『身のこなし』が
はかなくて 危うくて 美しくて
めくるめく夢のなかに誘われるようです

《まごころ》は 消えることがなく
魂から 魂へと つながつてゆく
それが《まごころ》の姿

哀しさと寂しさを
ひとつひとつ癒してゆく明菜の歌姿は
はかなくて 危うくて 美しくて
めくるめく夢のなかに誘われるようです

▼別の視点から書き綴れば…
視聴者・私の官能的感覚も掻き乱されて
官能的陶酔感を味わったり
官能的な渇きを味わったりして
動揺することもある訳ですが
このままだと…もちろん 私は明菜嫌いになるでしょうが
『桜(びゃく)』における性愛の官能表現には…
《『腐敗した官能的陶酔感』の『死にぎわの告白』》や
《妄執のもたらす狂気寸前の『官能的陶酔感の幻覚』》と云うような
デカダンスdécadenceの香りはしません。
それだからこそ
『桜(びゃく)』における性愛の官能表現を
嫌いになることはないのです

【Ⅲ】『雪の花~White X'Mas ~』レビュー~《⁂Gospel song》❓~

Ⅰ:プロローグ
①私の音楽鑑賞履歴を告白する理由
『雪の花~White X'mas~』については…
私が知る範囲で云えば
比較的に明菜を理解する評論家も
高い評価をする人が少ないと感じています
そんなこともあって…
なぜ 私が
『雪の花~White X'mas~』に感動したのか?
その根源には
私の音楽鑑賞履歴が
一つの大きな要因になっていることに
今になって気づいたことがあったので
私の音楽鑑賞履歴を告白する気持ちになった訳です
『そんなこと レビューに関係あるの?』
なんて言わないで
しばらくの間
私の貧しい音楽鑑賞履歴告白に
耳を傾けて下さい
私の勝手な見解かもしれませんが
『レビュー書き綴る内容を 出来るだけ理解するためには
レビュー書き綴る人の音楽鑑賞履歴が 理解する手助けになる』
と云うように信じておりますので
あえて
私の貧しい音楽鑑賞履歴を告白する訳です
②私の音楽鑑賞履歴
私は
今から69年ほど前
長崎県のローマカトリック教会系幼稚園に入園していて
聖歌隊の生歌唱を聴く環境にいました
私の通っていた幼稚園では…
『天にまします我らの父よ…(あとは省略して)
我らを悪より救い給え アーメン』
と云うコトバを
となえたあとに…
十字は、
右手で、額 → 胸 → 左肩 → 右肩 と云う風に切り
そのあとで
手を合わせるようにしてから…
食事をしたりすることも
体験していました

この頃の音楽視聴体験と
この頃の行動体験とが
讃美歌を通して…
クラシック音楽鑑賞へと向かわせました

③『雪の花~White X'mas~』を聴いた瞬間
私には
上述②のような原体験が蘇って来て…
すなわち
《私の記憶の底に いつまでも残っていて
私が何らかの形で 
こだわり続けることになるような幼少期の体験》が
蘇って来て…
『雪の花~White X'mas~』に感動したのだと思います
その感動の内容については…
以下のⅢから
順を追って述べる事にします
このⅠで述べる時点で 
判明していることを云えば…
『雪の花~White X'mas~』には
上述②のような《私の原体験を蘇らせる感動》が
含まれていると云う事です!
その感動の内容については…
以下のⅢから
順を追って述べる事にします

Ⅱ:まずは 『雪の花~White X'mas~』のー全歌詞ーを 
 以下に掲載します

ー雪の花が夜空舞いおちる
 深い森を包み込んでいく

 時は募(つの)りふたりで生きてる
 あなただけを祈るX'mas

 私のからださえも宇宙のかけらだわ
 広すぎる闇のなか不安で愛しすぎるの

 剥(む)きだした魂の激しさが哀しい
 抱いて強く柔らかく許すように

 凍る河を渡るオーロラが
 夢を甘く歌うX'mas

 何が起きても過去は なぜ明日(あす)を捜すの
 人は心をつなぐ 笑顔をどこでみつけた

 剥(む)きだした魂の健気さがいとしい
 触れる頬の温もりが命になる

 剥(む)きだした魂の激しさが哀しい
 抱いて強く柔らかく許すように

 雪の花が夜空舞いおちる
 世界中がsing for love, white X'mas tonight ー

Ⅲ:私が全歌詞から感じたイメージを以下に述べます↓
❶切ない透明感のある曲です。
❷ー私のからださえも宇宙のかけらだわーと云うコトバを
 自然に歌って…
 非日常的な幻想美の世界を 
 作り上げてしまうことに 
 感動しています。
❸《あまりにも非日常的な高潔さ》を感じさせる歌です。
 明菜姫が歌う《⁂Gospel song》のように…感じました。
⁂Gospel songと云えば…
 《黒人霊歌とジャズの要素とが入った賛美歌》と云う説明があります。
 『雪の花~White X'mas~』には…
 黒人霊歌の要素25%
 ジャズの要素25%
 クラシカルな要素25%
 和風歌謡曲の要素25%
 と云うように 感じました。
❹声を張り上げることだけが
 「歌唱力」ではないと云うことを
 《証明してくれる歌唱法》です。
❺イントロの《賛美歌風の男性パート的なコーラス》が
 《優しくも悲しげな透明感ある歌》を暗示させているようです。
❻私は
 『雪の花~White X'mas~』歌詞全体から
 以下のような=詩文の感想=を抱きました
=剥(む)きだした魂は
 あまりに感じ過ぎる心になる
 剥(む)き出した魂は
 広すぎる闇のなかで 
 零れ落ちる愛の不安に襲われて…
 「私のからださえも宇宙のかけらだわ」と
 感じてしまう=

=雪の花が
 夜空から舞い落ちるクリスマスには
 私の剥(む)きだした魂の激しさが
 哀しくなるのです=

=純粋すぎる心は… 
 愛の純粋さを 自分に求めすぎ 
 愛の純粋さを 相手に求めすぎ
 愛の重さに 悲鳴をあげる
 もっと自分に やさしくなって 
 もっと自分を 許せばいいのに…
 自分を許せない純粋さが 愛することを拒み
 自分を許せない純粋さが 愛されることを拒むとき…
 純粋すぎることが      
 この世で 
 ひとつの病気になる   
 水の中の水のように…
 充ちたりた愛であったものが
 純粋すぎることで…      
 この世で 
 ひとつの病気になる=   

=あまりに純粋な心が
  剥き出しの魂になる=

=剥き出しの魂は
  あまりに純粋な心になる=

=剥き出しの魂は
  愛を感じ過ぎる
  それゆえに…
  愛がなくなる不安も
  感じ過ぎるのです=

=そうだからこそ…
  雪の花が
  夜空から舞い落ちるクリスマスには…
  世界中が 愛の唄で溢れるように
  祈りつづけています=

❼歌詞は 
 柔らかく優しい世界で…
 《包み込むように優しく 
 心の傷を癒すような言葉》で 満ちています。
 かなり高音も続く曲ですが、
 心地よい声です。
 《*白魔女明菜》自身と 重なって見えてきます。
❽niconico動画上で
 『雪の花〜WHITE X'MAS〜』を見つけて聴いたところ
 すっかり虜になりました。
 私は 
 就寝前に 
 『雪の花〜WHITE X'MAS〜』 を聴くと 
 よく眠れます。

❾⇒①私のからださえも宇宙のかけらだわ~~~
  ⇒②剥(む)きだした魂の激しさが哀しい~~~
  ⇒③剥(む)きだした魂の健気さがいとしい~~~
 上述①②③の歌詞があることによって…
 特に⇒ー抱いて強く柔らかく許すように~~ーと云うコトバの
 《生々しい雰囲気》が
 薄まっているようです。
❿最終詞句ー雪の花が夜空舞いおちる~~
世界中がsing for love, white X'mas tonight~~ーが
 《神聖な救済の世界》へと 
  精神を昇華させてくれるように 感じてしまうのは…  
私だけでしょうか?
⓫ー私の からださえも宇宙のかけらだわ~ー凄い歌詞…
 他の人では とても歌えない凄い歌詞…
 明菜姫が歌うと 
 心の奥に響いてきます。
⓬神秘的で 哀愁を帯びた曲。
しなやかで透明な声が…はらはらと舞い落ちる雪の花のようです。
⓭ウイスパーボイスの表現に、優しさや癒しを感じます。
⓮《切なく訴えるウイスパーボイス》には…
 《⁂白魔女明菜》の『情念のうねり』が含まれていて
 その『情念のうねり』は…
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』 になっています。
 
《『切なく訴える渇愛の叫び』の情感》と
《『はかなく零れ落ちそうな愛』の情感》と
《『はかない求愛・はかない渇愛』の情感》と云うような
 《混ざり合った情感》の中で…
  ゆらゆれる『情念のうねり』が
『歌う明菜の《まごころ》から溢れ出る《情感の震え》』 になっています

 《⁂白魔女明菜》の歌声から溢れ出る《情感の震え》が
 その『息遣い』や『溜め息』や『ささやき』 が
 はかなくて 危うくて 美しくて
 《⁂白魔女明菜》の…《まごころ》から溢れ出る情感は
  魂から 魂へと つながつてゆく
  それが…《⁂白魔女明菜》の…《まごころ》の姿。

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